【ロック牧師 関野和寛のアメリカ奮闘記】第4回 コロナ室で握手してもいいですか?

目の前には10日間も誰とも話していないコロナ患者がいる。その人は路上生活者で新型コロナウイルスに感染し、重症化して運ばれてきた患者だった。「あなたに会いに来ましたよ」と伝えると、目に涙を浮かべその手を伸ばし握手を求めてくる。「三密」「ソーシャルディスタンス」「ロックダウン」「非常事態宣言」――メディアはたくさんのフレーズを私たちに植えつけた。マスク、うがい、手洗い、Zoom(ズーム)会議、「新しい生活様式」を教えてくれた。けれども「コロナ患者と握手をしていいか」については、メディアの記事にも病院のマニアルにも書いていない。

私は病院聖職者として2カ月前からアメリカのコロナ病棟で働いている。世界一のコロナ感染国になってしまったアメリカ。大統領夫妻をはじめ840万人を超える感染者の中には、ありとあらゆる人がいる。子ども、お年寄り、スポーツ選手、ホームレス、俳優、受刑者、アフリカ系、中華系、ヒスパニック系、スカンジナビア系――ありとあらゆる人がここの隔離病棟に送られてくる。人種がどうであろうと、職業が何であろうと、この病室ではみんなが同じ患者。そして隔離病棟に収容される。

さらに理不尽なことに、超格差社会であり、かつ国民皆保険制度がないアメリカでは、風邪で病院に行くだけでも下手をすれば数万円もかかる。個人の保険に入っていなければ、診察、検査、薬、1回の診察で10万円かかってしまうことだってある。つまり、貧しい者ほど医療へのアクセスができず、新型コロナウイルスに感染したと思っても心理的になかなか病院には行けないのだ。

この日訪ねたのはホームレスのおじさん。医療費も払えなければ、家族もいない。その中に、見ず知らずの日本人牧師が入っていく。「治療ではなく友だちになるためだけだ」という、いかにも牧師が語りそうな偽善的な思いを心に抱き、彼の部屋に入っていった。面会謝絶のコロナ病棟でも、他の患者は皆スマホで、テレビ電話で家族や友人と話すことができている。でも、このおじさんには本当に誰もいなかったのだ。どこの誰かも分からない全身防護服で目元しか出ていない日本人牧師に「ありがとう……」と涙を浮かべ、握手を求めてくる。

戸惑いながら、ビビリながら私はその手を握り返す。そう言えば2000年前、重い皮膚病(ツァラアト)、不治の病にかかり、隔離どころか捨てられてしまった人々をキリストが訪ねていたことを思い出した。キリストはN95マスクもゴーグルも手袋も何も着けず彼らの横に座り、素手で彼らの手を握っていた。それに比べ私は全身防護服を着ているくせに、ノミのような心臓をバクバク言わせてびびってる。キリストすげえな。そう思いながら、私はおじさんと握手をする。ソーシャルディスタンスに違反するのかわからないが、これが私の「スピリチュアルディスタンス」であり「GoTo」なのだ。

関野和寛(アメリカミネソタ州病院聖職者、ルーテル教会牧師)

写真=緒方秀美

【ロック牧師 関野和寛のアメリカ奮闘記】第3回 コロナ室に羽ばたいた日本の鶴

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