【ロック牧師 関野和寛のアメリカ奮闘記】第5回 コロナ室の十字架

10月後半になり、アメリカのコロナウィルス第2波と呼べるほど急激な感染拡大が起きている。ここミネソタ州では、1日に2千人の感染者数を超える日もある。先月の約2倍だ。隣のウィスコンシン州からの感染者がミネソタ州の病院に搬送されてくることもある。そして入院患者が増えるということは、多民族、他宗教のダイバーシティーが豊かなここミネアポリスでは、それだけさまざまな人々が搬送されてくるということだ。この日も、チャプレン(病院聖職者)室の電話が鳴った。「コロナ室で患者が精神不安を抱えているから来てください!」――私が担当するコロナ病棟だ。

「教会の牧師です。あなたのために祈ります」――このひと言はクリスチャンの患者の人々には大きな救いになる。だが、逆に他宗教の人々には通用しないケースが往々にしてある。実際はキリスト教を嫌悪している人々もたくさんいるし、教理が相容れずキリスト教聖職者を拒絶する患者さんも存在する。

私の属する病院聖職者チームにはイスラム教の指導者イマームもいるし、地域で働く仏教僧侶、ユダヤ教のラビ、ネイティブアメリカンの宗教者、エホバの証人の指導者もバックアップとしてスタンバイをしていて、患者の信仰に合わせて彼らが患者のもとに向かう。本来ならこのコロナ室で孤独に苦しむ患者のもとにはチームメイトのイスラム教のイマームが行くのがベストだ。だが、彼は比較的高齢で免疫力に不安を抱えているためにコロナ室には入らないことになっている。「どうしたらいい?」 彼にアドバイスを求める。カルテを見て彼は答える。「多分この人はアフリカからの難民、かつ根っからのイスラム教徒だと思う。牧師から祈ってもらうということはあり得ない。でも、君が必要だ。キリスト教云々ではなく人として彼のもとに行ってくれないか?」 もちろんだ。ここでは私は外国人、はじめから何者でもない。いや、むしろ彼と同じ海を渡ってきた外国人だ。その孤独に同志として寄り添うだけだ。

コロナ室に到着。ナースステーションでフェイスシールド、ガウン、手袋を装着。そして襟元の牧師シャツのカラーを外し、十字架をその場に置く。正直に言えば複雑な気持ちだった……。でも、このカラーと十字架が彼を苦しめるのであればそれを置いていく。コロナ室のドアに入っていく。苦しそうな息でアフリカ系の男性が寝ている。声をかける。ただただ、その人に出会った人として声をかける「あなたに会いに来ました……」。すると彼は震えながら「心配なんだ……」とひと言。きっと自分の健康、本当に治るのかという不安。家族や周りに移していないかという不安。そして、これから請求される100万円近い額が保険でカバーされるか、そのようなすべての不安が入り混じっているのだと感じた。コロナだけでもたいへんだが、この国で外国人が病気になるとはこういうことでもある。

だから、だから同じ人として、同じ外国人として彼の手を握り「大丈夫……きっと大丈夫だから……」。すると彼はうなづきながら、少し笑って「センキュー」と。コロナウイルスは宗教や人種を問わず、人類に襲いかかりさらなる分断と貧困を引き起こす。でも、そのコロナウイルスを前に宗教の違い、人種の違いも飛び越えられるのが「人」でもある。「明日も来るからね」と伝えると、彼の瞳に涙が浮かんできた。最初っから色も形もない透明なひとしずくだ。コロナ室から出てナースステーションに戻る。忘れ物が多い私だが、置いておいた牧師の襟カラーと十字架を鞄に入れる。熱い思いが胸にこみ上げてくる。十字架はコロナ室に持っていけなかったけれども、神はきっとあの場所にいたと思う。そしてイエスという人は、立場も人種も宗教も、何も持っていかずにあの十字架にかかって命を捧げたのではないかと思った。

関野和寛(アメリカミネソタ州病院聖職者、ルーテル教会牧師)

写真=緒方秀美

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