【書評】 『どう読むか、新約聖書―福音の中心を求めて』 青野太潮

帯広告に、「処女降誕、贖罪、復活……。何ひとつ信じられなくてもだいじょうぶです!」とある。評者の家族の一人は、それを見て「やったあ!」と喜びの声をあげた。

本書は、キリスト教信仰を否定しない。むしろ、伝統的なキリスト教会がきわめて不適切な聖書解釈による信仰理解を提唱してきたことを(自己)批判しつつ、学問的な聖書研究を通してよりよいキリスト教理解を目指す。

例えば使徒信条に「処女マリアより生まれ」とあるのは、もちろんマタイおよびルカ福音書の誕生物語による。しかし著者は、古代ギリシア・ローマ世界で、たくさんの王や偉人たちが神と人間の女性の性交から生まれたとされること、他方でユダヤ教はそういう観念一般を嫌い、使徒パウロやマルコおよびヨハネ福音書もそうした理解を共有しないことを指摘する。ならば、処女降誕を史実と承認することを、キリスト教信仰の踏み絵にしてはならないだろう。処女降誕の表象は、むしろ死後に天に昇り神になったと信じられたローマ皇帝神学への対抗神話として、帝都在住のキリスト教共同体で生まれた可能性があると著者は言う

さらに「イエスさまは十字架にかかって私たちの罪の贖いになってくださいました」とキリスト教会は教えてきた。しかし著者によれば、史的イエスに「私は君たちの罪の贖いとなって死んであげましょう」といった自覚はさらさらなかった。彼はむしろ「無条件で徹底的な神の愛とゆるし」を体現して生きた。すなわち不条理や自然災害を含む苦難の只中にある「貧しい者、飢えている者、泣いている者」たちに向かって、神が彼らと共に苦しむがゆえにこそ「さいわいなるかな」と宣言した。そのイエスを殺したのが、他ならぬ律法違反の罪々に「贖い」をもたらす祭儀を司る神殿体制であるなら、私たちはイエスの死を安易に「贖罪」とカテゴライズするわけにはいかないだろう。

またキリスト教会は「イエスは肉体を伴って復活することで、死に輝かしく勝利した」と教えてきた。これに対して著者は、復活のキリストを「見る」という幻視体験は単なる客観的事実の報告以上のものであると言う。防犯カメラに映る「ゾンビ」イエスが復活信仰の内実なのではない、とでも言えようか。著者によれば、顕現体験とは超越が主観に内在するという経験である。使徒パウロもまた「十字架につけられたままのキリスト」、つまり死んでいるイエスを――死後の埋葬その他の歴史的な実像に逆らって――「復活者」として、つまりはイエス自身が宣教した「神の逆説的な生命の法則」の発露として経験した。ならば復活による死の克服は、死者の肉体が奇跡的に蘇ったというのとは別の仕方で理解されねばなるまい。

キリスト教は聖書を何度も読み直すことで、その命脈をつないできた。その聖書は個々の教派信条よりも大きく、さらに神とキリストは聖書よりはるかに大きい。本書の副題「福音の中心を求めて」は、その真理への探究がキリスト教信仰の中核に属することを、もう一度私たちに教えてくれる。

(評者・廣石 望=立教大学教授)

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