【毎月1日連載】牧会あれこれ(24)私の死と私の物語

教会にTさんという女性がおいでであった。死と向き合った人である。Tさんは、検診の結果、末期がんと分かり、ご自身の決断で在宅緩和ケアを選択し、3ヶ月の療養の末、召しを受けられた。その間、ご主人はじめ家族と起居を共にして過ごした記録がある。「やすらかな死」という表題で日本キリスト教団出版局から出版されているので、お読みになった方もあるかもしれない。
ご主人は「この間の日々は至福の時でした」としみじみ述懐され、お子さんたちは「わが家では、普段の生活の中で死という言葉が当たり前のように行き交いました」と語られたことを覚えている。
Tさんは、亡くなる数日前、家族を前にして「お母さんは、天国は音楽会と思っている。わたしは先に行って、あなたたちのために席を取って置こうと思ってね。わたしが死んだら、棺のなかにハンカチを入れて頂戴。それにお医者さんも看護師さんも、牧師先生の分もね」と言い遺(のこ)して数日後息を引き取った。音楽がとても好きな人だったから、音楽会は彼女にとって天国だった。
5月、新緑の美しい季節に葬儀が行われた。ご本人が歌って欲しいと願っていた讃美歌122番「緑も深き若葉の里」を皆で歌いながら、何時もの日曜の礼拝のようにTさんも一緒にいるかのような思いに浸ったのだった。

死ねば天国に行くと大抵の人は言う。そして、死が近くなると天国での自分の姿を想像して、その人なりに相応(ふさわ)しい<私の物語>ができあがる。もしも物語が何らかの理由で中断したり、当人が物語を作るいとまがなければ、当人に代わって家族や親しい者が思い出をたぐり寄せながら、本人に相応しい物語を完成させる。物語は完成度が高ければ高い程多くの人の心の中に慰めとして残り続ける。Tさんの<私の物語>を通して、家族や友人たちは彼女が生きているかのように感じることができるのだ。

人は誰でも自分の死を考えない人はいない。死は100%の確率でやってくるからだ。その死を受け入れるのは天国である。天国には誰しもが行ったことはないにせよ、自分なりに天国の様を想像している。カトリックの司祭アルフォンス・デーケン先生は「天国は私たちが地上で経験したもっとも素晴らしいところよりももっと素晴らしいところです」と語っておいでであったことを思い出す。私は、人から「死んだ人は天国で何をしているのですか」と尋ねられることが多いが、そういう時には「天国では礼拝がすべてです」と答えることにしている。それを聞いて「天国というところは随分ひまなのですね」と言った人がある。「とんでもない。ヨハネ黙示録22章3節には『神の僕(しもべ)たちは神を礼拝し、み顔を仰ぎ見る』と書いてある。天国では礼拝がすべてということですよ」と答えたが、これは神の僕の一人としての「私の物語」である。ある時、長く連れ添ったご主人を失った婦人から「ウチの人は今頃何をしているでしょうね」と聞かれたことがあった。「天国で礼拝をしていますよ。天国は何時も日曜のようなものだから」と言うと、「私よりも熱心ですね。元気な時は日曜になると今日は会社の接待ゴルフだから、教会を休むと申しましてね」と返事が返ってきた。「それに死んだ人は残った人の幸せしか願わないものですよ」と付け加えると「それを聞くと安心します。私もいずれ主人のところへ行きますから」との返事。天国は、死の向こう側に人々を導き、同時に慰めをもたらす。

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