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2020年1月27日「私が来たのは、罪人を招くため」

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「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。……私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタイ9:12~13)

主イエスは徴税人マタイを弟子に招いた。ローマの下請けである徴税人を、ユダヤ人は「罪人」と呼んで差別した。主イエスがマタイの家で食事をしていた時、ファリサイ派のユダヤ人が来て、「なぜ、徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と主イエスに問うた。その時、主イエスは今日の聖句を語った。

一緒に食事をすることは、仲間であることを意味した。主イエスは、「罪人」と呼ばれた人々と食事をし、彼らの仲間となって、その苦しみを共有したのである。

イザヤはこの方の到来を預言した。「彼らが苦しむときはいつでも、主も苦しまれた。御前に仕える御使いによって彼らを救い、その愛と憐れみによって彼らを贖(あがな)い、昔からずっと彼らを負い、担ってくださった」(イザヤ63:9)

神の御子が人となり、しかも罪人の仲間となられたのは、罪のために死んでいた者を生かすためであった。「イエスは、神の前で憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を宥(なだ)めるために、あらゆる点できょうだいたちと同じようにならなければなりませんでした」(へブライ2:17)

徴税人マタイが主に従ったのも、また罪人が主と共に食卓につくことができたのも、罪人を招いて生かす主イエスの先立つ愛があったからである。自分の罪と、その悲惨さを知る者は幸いである。主イエスのうちに、罪人を招いて生かす神の憐れみを見るようになるからである。

「神は憐れみ深く、私たちを愛された大いなる愛によって、過ちのうちに死んでいた私たちを、キリストと共に生かし」てくださった(エフェソ2:4~5)。(内藤淳一郎『一日の発見』より)

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