【宗教リテラシー向上委員会】 ウィズコロナ時代の教会(1) 川島堅二 2020年7月11日

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新型コロナウイルス感染拡大に伴い、この数カ月間、多くの教会で礼拝をオンラインにするなど対応を迫られた。そのあり方をめぐっては本紙上でも芳賀力氏の「教会のコロナ捕囚」の論考をはじめ、「読者の広場」欄ではそれに対する一般信徒からの応答も紹介された。

この一連の議論をフォローしながら私はある種の既視感を覚えた。それは日米のキリスト教会を対象に1997年と2003年の2回にわたって実施したネットの利用に関する調査の時のことである。両調査は、「インターネットの宗教的活用の現状と可能性――アメリカのキリスト教会の調査から」(恵泉女学園大学人文学部紀要第9号1997年1月)と「高度情報化社会と宗教に関する基礎的研究」(平成11年度~14年度科学研究費補助金基盤研究)として公開されている。ここではそこで明らかになったことの一端から、ウィズコロナ時代の教会が何を問われているかを考えてみたい。

まず1997年の調査であるが、これはアメリカのルター派、長老派、聖公会の教会の内、当時ホームページを開設していた648教会に対する電子メールによるアンケート調査である。設問は次の3点(1)インターネットは教会の宣教に役立つか 、(2)役立つとするならその具体的な利用方法は何か、(3)インターネットにはどのような神学的可能性があるか。

当時はまだ今日のような優れた検索サービスはなく、各教会教派が作成しているリンク集などをたどりながら公開されているメールアドレスに質問紙を送付したのだが、教職者や教会のサイトの管理者たちからの返信には一様に「どうやって私たちのホームページを探したのか?」「日本でも見れるのか?」など驚きの反応が記されていたのが印象に残っている。

調査結果の要点のみを記すと、「宣教に役立つか」という質問には、全体で54%が「非常に役立つ」または「役立つ」と回答し、教職者に限ればその数は73%に達した。逆に「役立たない」と回答した者は全体で5%、教職では2%に過ぎなかった。

具体的な利用方法に関しては「メールなどのコミュニケーションツール」と「情報提供および収集」の二つに集約された。そして、注目すべきことは、この利用が現実の教会をあくまでサポートするものということだ。

ネットをコミュニケーションツールとして用いるといっても、それは現実の教会における交わりの補助手段に過ぎない。対外的な情報提供でも、ホームページを見た人が教会に実際に来ることが最終目的である。説教をネットで視聴できるようにするのも礼拝堂で実際に行われた説教を聞き逃したか、あるいはもう一度聞いて確認するため、情報収集に関しては教職であれば実際の礼拝説教準備のためが主な目的である。

この限りではインターネットは何ら特別なものではない。すでに紙媒体や電話、ファクシミリがしてきたことをインターネットでも、というだけのことで、教会が真に伝えたいメッセージ(福音)は現実の教会の礼拝において対面で伝えねばならない。そこへ導く手段の一つとしてインターネットが加わったということである。

「インターネットは役立ちます。しかし、役立つ(useful)という言葉はベストではありません。もっと的確に表現するなら、それは助けになる(helpful)ということです」という聖公会の信者で教会のホームページの管理者の回答が本質をついている。(つづく)

川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。

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