コラム 連載

【ヘブル語と詩の味わい④】 「二行詩か、四行詩か」 津村俊夫(『新改訳2017』翻訳編集委員長・聖書神学舎教師)

投稿日:2020年7月29日 更新日:

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「二行詩か、四行詩か」

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 わがたましいよ 主をほめたたえよ。

 主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(新改訳2017)

2節の前半は、1節の前半の繰り返しである。ヘブル語本文の語順が透けて見えるようにすれば、

 ほめたたえよ(a)。わがたましいよ(b) 主を(c)

 忘れるな(a’)。彼が良くしてくださったことを何一つ(C’)      

となる。この二行の対応関係は a-b-c // a’-C’ と図式出来る (1節では、a-b-c // b’-C’)。1行目の「わがたましいよ」という呼びかけに対応する要素 (b’) が2行目にない代わりに、動詞の目的語が1行目のそれ (c) よりも長く (C’) なっている。このような技巧は、前回に触れたように、省略 (ellipsis) されている b’ の欠けを補う「バラスト・バリアント」と呼ばれる。このように詩の並行法の特徴からすれば、2節は形式的によく整った二行詩であると言える。

ここで「ほめたたえよ」(肯定)と「忘れるな」(否定)という二つの命令は、「わがたましい」という語り手自身に向けられたものであるが、だからと言ってそれぞれの動詞の目的語、すなわち「主」と「良くしてくださったこと」とは同一指示ではない。それゆえ、1節の並行関係で見られたような、前半と後半が同義 (類義) であると言うことではないのである。

翻訳では気がつきにくいが、「すべてのもの」と「何一つ」は、ヘブル語のכל kol(全て)の訳で、1節と2節それぞれの2行目に来ている。

1節と2節をヘブル語の語順にしたがって並記すると、

 ほめたたえよ。わがたましいよ 主を

 私のうちにあるすべてのものよ *聖なる御名を。

 ほめたたえよ。わがたましいよ 主を

 忘れるな。彼が良くしてくださったことを何一つ。          

となる。通常、これは二つの二行詩 (bicolon) と考えられているが、ここでは、一つの四行詩 (tetracolon) と捉えることのメリットについて説明しておこう。

全体は、四行詩の特徴の一つ、ABACというパターンになっている。これはABを機械的に繰り返して ABAB (または ABA’B’) という反復的スタイルで表現するのではなく、ABACという、反復を装いながら新たな発展に向かうようなスタイルである (例えば、ハバクク1:10) 。この理解が特に魅力的なのは、4行目の「主が良くしてくださったこと」は、後続する3-5節で具体的に展開される事柄の「先取り」表現となっていることである。

*注:「聖なる」は、原文では「聖」という名詞であって形容詞ではない。「聖なる御名」の原文 שם קדשו  は英語に直訳すれば、”the name of/for his holiness” で「主の聖にふさわしい名」という意味である。それは「主が聖なる方であることを表すにふさわしい名前、すなわち存在」を意味する。ヘブル語の「聖」を意味する語は、神の本質を表すにふさわしい語であって、人間を含む被造物が「聖」であると言われることはない。


つむら・としお
 
1944年兵庫県生まれ。一橋大学卒業、アズベリー神学校、ブランダイス大学大学院で学ぶ。文学 博士(Ph.D.)ハーバード大学、英国ティンデル研究所の研究員,筑波大学助教授を経て、聖書神学舎教師。ウガリト語、 旧約聖書学専攻。聖書宣教会理事、聖書考古学資料館理事長。著書に『創造と洪水』『第一、第二サムエル記注解』など。

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