【夕暮れに、なお光あり】 また会う日まで 上林順一郎 2020年11月11日

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十数年前に夫を天に送った女性が、記念会でこう問いかけた。「葬儀の時に〝親はわが子に、友は友に、妹背あい会う、父のみもと……やがて会いなん、愛でにしものと、やがてあいなん〟の賛美歌(54年度版489番)を歌いました。悲しみのどん底にあった私はとても慰められ、天国での夫との再会を待ちながら生きてきました。しかし十数年が経ち、私も間もなく天国に行くことになりますが、夫は以前と同じ姿かたちなのでしょうか。私は歳を取り昔と変わってしまいました。天国で会った時、夫は私のことを分かるでしょうか?」

思いがけない発言に「天国では年齢は関係ありませんよ。イエス様は『死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ』(マルコ12:25)と言っていますから」。すると、「え~っ、天国ではみんな天使になるのですか、もう夫婦ではないのですか? それでは会っても意味ないですね!」と。数年後、その方も亡くなりましたが天国での再会の希望を奪ったダメ牧師。

作家の深田祐介氏はいちばん下の幼い妹さんが病気で亡くなった時、通夜の夜に人形と一緒にふとんに横たえられている妹さんに、上の2人の妹さんが「天国で会うからね、天国でまた遊ぼうね」と繰り返していたことが忘れられず、ご自身も妹さんに会いたいとの思いが高まり、カトリック教会で洗礼を申し出ました。

洗礼前日、神父が「神さまにお願いしたいことはありますか?」と聞くと、深田さんは「天国で亡くなった妹に会いたいのです」。すると神父は自信に満ちた表情で、「会えるとも、ただ霊のかたちをしておられるかもしれん。しかし、妹は妹だ!」。天国での再会の希望を与えた見事な神父。

80歳を過ぎ、亡き両親や友人たちとの天国での再会を願う思いもあります。しかし、愛する人と天国でどのようなかたちで会うのか、私たちは知らされていません。「キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました」(エフェソ2:6)との約束が与えられているだけです。その時が来れば神は愛する人々と共に天の王座に着かせてくださることを信じて生きていきましょう。

「よろこべば、よろこびごとが、よろこんで、よろこびつれて、よろこびにくる」――大阪の居酒屋の壁に書かれていました。天国もかくやありなん!

秋の陽はつるべ落とし、街の明かりが灯り始めました。天国のよろこびの姿を下調べに出かけましょう。イエス様は天国を盛大な宴会にたとえていますから。

かんばやし・じゅんいちろう 1940年、大阪生まれ。同志社大学神学部卒業。日本基督教団早稲田教会、浪花教会、吾妻教会、松山教会、江古田教会の牧師を歴任。著書に『なろうとして、なれない時』(現代社会思想社)、『引き算で生きてみませんか』(YMCA出版)、『人生いつも迷い道』(コイノニア社)、『なみだ流したその後で』(キリスト新聞社)、共著に『心に残るE話』(日本キリスト教団出版局)、『教会では聞けない「21世紀」信仰問答』(キリスト新聞社)など。

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