【映画評】 偽者の真実 『聖なる犯罪者』

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“悔い改むるものは、幸ぢや。
何しにその幸なものを、人間の手に罰しようぞ。”
(芥川龍之介「奉教人の死」)

少年院で出会った神父に感化された20歳の青年ダニエルが、仮釈放後に訪れた田舎の教会で、身分を偽って司祭の代理を務め出す。こうして始まるポーランド映画『聖なる犯罪者』では、罪と救済、赦しをめぐる今日的な問いかけが全編で重奏的に響きわたる。

カトリックが支配的なポーランドでは、前科者にはあらかじめ聖職者への道が閉ざされている。はじめはほんの遊び心から、見知らぬ村の教会にいた少女へ嘘をついたに過ぎなかったダニエルが、逃げ道を封じられるようにして祭服を着る羽目になる。病気で不在となった神父の代理として振る舞ううちダニエルは手応えを覚え、持ち前の向こう意気により執務の範疇を超えて村人の心を動かし始める。

ここで描かれるのは、罪と救いをめぐる社会的現実と内面的真実との齟齬である。ポーランドのカトリック社会において、ダニエルが聖職者として振る舞うことは現実的に許されない。人は簡単に「前科者」「犯罪者」と口にするが、狭義には服役を終え(ないし刑の言渡しの効力が消滅し)た罪を「前科」とは言わず、償いを済ませた者とそうでない者を同じ語で表すことは不当と受けとられ一般的に忌避される。本作においては法秩序も教会秩序もダニエルに聖職者として振る舞うことを許さない一方で、正規の聖職者の誰ひとり真似することのできない独特の仕方でダニエルは、多くの村人たちの悩む心を解放し、村社会で孤立したある女性を絶望的な逼塞状況から救いだすことにさえ成功する。

ジャーナリズムの本質探る 神父の性的虐待を追う米紙調査報道 映画『スポットライト 世紀のスクープ』 2016年3月26日

聖職者と犯罪者の織りなすコントラストは視覚的にも映えるため、しばしば映画のテーマに選ばれてきた。欧米作品に限っても「聖職者の犯罪」を描く近作としては『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)や『魂のゆくえ』(2017年)が記憶に新しく、また本作同様「聖職者に偽装した犯罪者」を描く名作としてはチャップリン『偽牧師』(The Pilgrim、1923年)、『俺たちは天使じゃない』(1955年、1989年リメイク)、『裁かれるは善人のみ』(2014年)などが想い起こされる。近似テーマであればこそ、各作の映す時代や社会の長所短所はフィルム上へより鮮明に刻印される。

日本に目を転じれば、たとえば『羅生門』ほか映像的想像力のほとばしる芥川龍之介による短篇『奉教人の死』では終盤、偽者の烙印を押された主人公以外の“世間”を構成する登場人物全員が倫理的な犯罪者となる大どんでん返しが待つのだが、これに近い逆転構造は上述した映画作品のいずれにも共有される。

ポスト・トゥルースが叫ばれる21世紀今日であればこそ、価値観の転倒を眼差す古典的名作も自ずと別様の感受性が働くだろう。ちなみにこれらは今日すべてインターネット視聴可能なので、新型コロナウイルスによる逼塞状況下の慰みにぜひお奨めしたい。

さて正体の露見を恐れつつも己が信じるところを貫き、村人たちの信頼をも獲得するダニエルが一転して陥る終盤について、すでに出回っている日本語圏の映画批評・評論の多くはダニエル個人の物語として論じた挙げ句、表層のみの受容に留まっている。これは書き手個別の能力の問題というより、キリスト教的素地をもたないコミュニケーション空間においてはむしろやむを得ない事態だが、言うまでなく本作において描かれる救い主も赦しを与える主体も神である。これに比べれば、出来事の総体を通して一つの村のうちへ現代の諸相を織り込む本作において、ダニエル個人の意志や物語は何ら核心たり得ない。

そうして現実の教会秩序とも法秩序ともおよそ無関係に彼は祈り、振る舞い、み心を体現する者として村人たちへある一瞬作用する。本作の原題“Boże Ciało(英題:Corpus Christi)”は、この一瞬がいつ起こるかを明確に指し示す。物語上もクライマックスとなる聖体の祝日を指すラテン語由来のこの語を廃した『聖なる犯罪者』という邦題は、したがって一見浅はかにも映るが案外深い。すなわちこの聖と犯の対照性によってこそ、「あなたがたの中で罪を犯したことのない者が、まず、石を投げなさい」(ヨハネ8:3~11)における「罪」の語の広がりは、「悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」(歎異抄)の日本的風土へとうまく軟着陸し得ているからだ。そしてこのようにあえての深読みを試みた時、初めて村人たちの瞳へ映り込む、すでに赦された「犯罪者」としての私たちの相貌が浮かび上がる。(ライター 藤本徹)

『聖なる犯罪者』 “Boże Ciało”“Corpus Christi”
公式サイト:http://hark3.com/seinaru-hanzaisha/
1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほかにて公開!以降全国順次。

*参考引用文献
芥川龍之介 『奉教人の死』 新潮文庫
『聖書 聖書教会共同訳』 日本聖書協会

*関連過去記事

【映画評】 持続と収穫の文化力 《ポーランド映画祭2020》 2020年12月31日

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