【東アジアのリアル】 コロナ禍にみる中国宗教界の思惑と底力 佐藤千歳

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刻々と上昇するマスク価格におののきながら、筆者がオンラインショッピングサイトで医療用マスクを大量購入したのは、ほぼ1年前のことになる。

北海道から、日本円で7万2千円相当のマスクを、都市封鎖された中国・武漢に送るべく、私は画策していた。

3千キロを結ぶ「武漢加油(がんばれ武漢)!」の活動は、私の発案ではない。購入費用の負担も、物資の送付先の手配も、中国東部のクリスチャンの友人が担った。中国の姉妹は、信者仲間に呼びかけて集めた人民元を、マスク在庫が残っていた日本の私に送金し、武漢のクリスチャンにマスクを送らせたのである。募金活動から発送手配まで、使い勝手の良い中国のSNSのおかげで、数日で完了した。

中国では昨年1月以来、大半の宗教団体が宗教活動の抑制とオンライン化を進めた。その一方でインターネット上では、医療現場や感染者を支援する社会活動のコーディネーターとして、宗教団体が存在感を高めている。

中国で最も信者数の多い仏教は、政府公認の中国仏教協会が把握しただけで、今年1月までに累計4億5千万元(約72億円)の寄付を防疫現場に送った。武漢では、モスクがボランティア活動の拠点となり、全国のムスリムから集めた寄付で、困窮した信者にハラルフードを届けた。

キリスト教では、プロテスタント系の「愛徳基金会(本部・南京)」やカトリック系の「河北進徳公益基金会(本部・石家荘)」といった組織が、活動規模や構想力で他の宗教系NPOを先導する。

愛徳基金会が、IT大手のアリババ集団と連携し、各地の医療従事者に温かい食事を無料で配達した「守護天使」プロジェクトはその一例だ。費用は、アリババのホームページでクラウドファンディングの手法を使い、一般市民から集めた。クリスチャンと市民が、公共の目的のために民間企業のプラットフォームを介して結びついた試みだった。

プロテスタント信者が運営する中国の児童養護施設に掲げられた十字架と祈祷文(撮影=筆者)

活動に対する制限が強まる一方の中国の宗教団体だが、コロナ禍の社会における公益事業では、日本の宗教団体と遜色ない成果を挙げてきた。その背景はやや複雑である。

中国当局による教会やモスクの破壊という衝撃的な宗教弾圧は、日本でも報じられている通りだ。高まる政治・社会的圧力に対し宗教組織の側には、コロナ禍への対応を通じて共産党政権との関係を改善したい、との思惑も働く。

コロナ対応を「人民戦争」にたとえる政権のプロパガンダに乗り、「疫病に打ち克つための人民戦争で、中国の宗教界は愛国精神を実践した」とのキリスト教団体幹部の発言もあった。コロナ禍を好機とみて、「〝銃後の守り〟を固める愛国的教会」というイメージ形成に余念がないのだ。

しかし同時に、パンデミックの緊急事態に、中国の宗教界、特にキリスト教界が質・量ともに充実した社会活動を展開できたのは、これまでの蓄積があってのことだ。前述の愛徳や進徳の両基金会は、1990年代から貧困地区の住民やHIV感染者など社会的弱者の支援を手がけてきた。また2008年の四川大地震では、公認・非公認を問わず多くの宗教団体がボランティア活動に携わった。

当局のお墨つきを得た大規模なNPOだけの話ではない。筆者を武漢への支援活動に巻きこんだ中国の姉妹は、医療物資の不足が解消されると、日常に戻っていった。姉妹は、出稼ぎなどで保護者のいない子どもを育てる小さな児童養護施設を、プロテスタント教会の支援で運営している。知恵とネットワークを駆使して信仰を実践する中国の無数のクリスチャンの1人である。

佐藤 千歳
 さとう・ちとせ 1974年千葉市生まれ。北海商科大学准教授。東京大学教養学部地域文化研究学科卒、北海道新聞社勤務を経て2013年から現職。2005年から1年間、交換記者として北京の「人民日報インターネット版」に勤務。10年から3年間、同新聞社北京支局長を務めた。専門は社会学(現代中国宗教研究、メディア研究)。

 






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