NHK大河ドラマ「麒麟がくる」とキリスト教(3)芦田愛菜が細川ガラシャに配役された理由

NHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」(総合、日曜午後8時ほか)で芦田愛菜(あしだ・まな)が細川ガラシャを演じることが決まった。

「麒麟がくる」は新型コロナ・ウイルスの感染拡大に伴う収録見合わせのため、6月7日放送の第21回「決戦! 桶狭間(おけはざま)」から、8月30日放送の第22回「京よりの使者」まで11週、およそ3カ月弱にわたって放送を休止していた。

織田信長(おだ・のぶなが)が今川義元(いまがわ・よしもと)を破って一躍名を挙げた「桶狭間の戦い」は1560年のこと。この頃まで明智光秀(あけち・みつひで)が史料に現れることはなく、ドラマの前半はあくまでも脚本家の想像による光秀の活躍がさまざまな歴史的事件に絡んで描かれていた。そして、いよいよこれから光秀最大の舞台である「三日天下」へ至るストーリーが展開されることになる。

のちの細川ガラシャである、光秀の次女たまは、「桶狭間の戦い」の3年後、1563年に誕生した。「麒麟がくる」では、9月25日放送の第25回「羽運ぶ蟻(あり)」から登場し、幼少期は志水心音(しみず・ここね)が演じている。

ここで細川ガラシャの生涯をざっとおさらいしておこう。

1578年、父の主君である信長の命令により、同じく家臣である細川家に15歳で嫁ぎ、翌年には長女、翌々年には長男に恵まれる。ところが82年、父の光秀が「本能寺の変」で信長に謀叛(むほん)を起こし、その後の「山崎の戦い」で返り討ちにされたため、ガラシャも「謀叛人の娘」として隔離、幽閉されてしまう。それが19歳の時のこと。

「麒麟がくる」ではその後のガラシャのことも描かれるのか不明だが、「本能寺の変」の2年後、秀吉のとりなしもあって屋敷に戻ることができ、洗礼を受けるのはさらにその3年後。そして、壮絶な最期を遂げるのは1600年。37歳だった。

芦田は2011年放送の「江 姫たちの戦国」で、後に豊臣秀吉の側室である淀(よど)、すなわち江の姉である茶々(宮沢りえ)の幼少期を演じて以来、9年ぶりの大河ドラマ出演となる。

細川ガラシャを大河ドラマで演じた歴代の女優は次のとおり。「真田丸」(2016年)では橋本マナミ、「江 姫たちの戦国」ではミムラ、「功名が辻」(06年)では長谷川京子、「利家とまつ 加賀百万石物語」(02年)では中西夏奈子、「葵 徳川三代(00年)では鈴木京香、「秀吉」(1996年)では田村英里子、「信長 KING OF ZIPANGU」(92年)では今村恵子、「徳川家康」(83年)では丸尾りえ、「おんな太閤記」(81年)では岡まゆみ、「黄金の日日」(78年)では島田陽子、「国盗り物語」(73年)では林寛子。

その時々の若手美人女優が配されているように、ガラシャは美人だったと言われているが、その説は、『明智軍記』(ガラシャの死から100年以上経った江戸時代中期に書かれた明智光秀の軍記物で、史料的価値は低い)の次の記述から来ている。「容色殊(こと)ニ麗(うるわし)ク、歌ヲ吟(ぎん)シ、糸竹呂律(しちくりょりつ)ノ弄(もてあそ)ビモ妙」(容貌がとりわけ美しく、短歌を詠み、琴や笛を演奏するのが上手)だったので、舅(しゅうと)の細川藤孝(ふじたか)にとっても「一入(ひとしお)最愛」の嫁だった。

一方、同時代を生きた宣教師フロイスは著書『日本史』(一次史料として史料的価値が高い)の中で、ガラシャの外見については触れていないが、その頭の良さには注目している。彼女と話をした日本人修道士が、「彼女の(頭悩)の敏活さに驚いて、後ほど、自分は過去十八年の間、これほど明晰(めいせき)かつ果敢な判断ができる日本の女性と話したことはなかった」と漏らしたと。

子役デビューをして抜群の知名度を誇る芦田は、難関私立中学の慶應義塾中等部に入学し、今年、そのまま慶應義塾女子高等学校へと進んでいる。そんな秀才ぶりとガラシャの頭脳明晰さが重なったのが、今回のガラシャ起用の理由だろうか。

芦田は、出演が決まった時のコメントで次のように語る。

今回演じさせていただくたまは、戦国時代の女性の中で、私の憧れでした。初めて彼女のことを知ったとき、自らの散り際をわきまえた、とても潔い最期に意思の強さを感じ、心惹(ひ)かれたことを覚えています。そんなたまを演じられると聞いたときは、心からうれしく思いました。芯(しん)を強く持ち、そしてどんなことがあっても、大好きな父・光秀を慕い、優しく、温かく支える存在として、精いっぱい演じることができれば、と思っております。

「自らの散り際」「とても潔い最期」とは、天下分け目の「関ヶ原の戦い」の直前、夫の細川忠興(ほそかわ・ただおき)が出陣した後の屋敷を守っていたガラシャが、人質にされそうになったため、家老に自分を介錯させ、主人を裏切った父親とは真逆の生き方を貫いたことを言う。

『細川家記』には、ガラシャは細川家のために命をささげ、夫の言葉を守り、夫の仕える家康側に勝利を導いた「御義死」と書かれており、ガラシャの死によって西軍も人質作戦を取りやめたという。

ただ、その死は細川家のためでもあったが、その真実さは、本当の主人であるキリストのためだったのではないか。彼女が詠んだ辞世は、「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」(花は散る時を知ってこそ花であり、人間もそうあるべきだ。『細川家記』)。最後にガラシャが思い浮かべていたのは、自ら十字架へとつかれたキリストだったに違いない。

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」とキリスト教(1)明智光秀はキリスト教を信じていたか

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」とキリスト教(2)明智光秀の娘、細川ガラシャの信仰

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