インタビュー

「不登校だった猫」展 渥美優さん

投稿日:2018年6月18日 更新日:

Print Friendly, PDF & Email

 

渥美優(あつみ・ゆう)さん(アッセンブリー浜松キリスト教会員)は小学生時代から不登校だったが、現在は、猫とアート、そして神様を愛する素敵な女性に。東京で初となる「不登校だった猫」展が6月30日まで、小金井市内で開かれている。優さんに話を聞いた。

渥美優さん=13日、東京都小金井市で

優さんは、3人兄妹の真ん中。幼い頃から、両親の言うことをよく聞くいい子だった。しっかり者の優さんには、学校に友達もおり、先生も好きだった。日曜日には、クリスチャンの母に連れられ、兄妹と一緒に教会学校に通った。

しかし、小学3年生の時に肺炎で入院したことをきっかけに、学校へ行くのが苦痛になった。やがて治って、数日間は登校したものの、それ以上は無理だった。

その時の気持ちを聞くと、少し間を置いて、「寂しかったんだと思います」と答えた。

4歳年下の妹は重度のぜんそくで、1年の半分以上が入院生活だった。母は妹を見舞いに行くため、学校から優さんが帰ってくる頃にはすでに病院に行き、夜遅く眠りについた頃に家に帰ってきた。優さんは無意識に母を求めていたのだ。

さまざまな思いが巡ったが、母と一緒にいることは何よりも心地よかった。学校に行かない時間は、家で聖書を読み、大好きな猫と一緒に過ごした。

母は心配そうに「これからどうするつもりなの」と言い、父は無理やり学校に行かせようと、腕を引っ張って外に出したこともあった。それでも優さんの心は動かなかった。小学4年生の時には、「もう死にたい」とさえ思うようになっていた。

泣きながら祈り、聖書を読んでいた時、次の言葉が目に留まった。

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」(ガラテヤ2:20、新改訳)

後に優さんはその時のことをこう語っている。

「『私が生きていなくてもいいんだ』と、心がすーっと軽くなったのを覚えています。『私は今、イエス様と共に死にました。これからはあなたを信じる信仰によって、ただ私を生かしてください』とお祈りしました。この時に自分は死んだのだと思い、イエス様が与えてくださったいのちで生かされていることに喜びを感じました。洗礼を受けたのはそれから何年も先になりますが、イエス様を信じる信仰をはっきりと持ったのはこの時でした」

それからも家にいる日々だったが、大好きな絵を書いたり、聖書を読んだりして過ごしていると、心が安らかだった。

中学生の時、不登校の子を担当していた教師に手書きの年賀状を送ると、優さんが描く生き生きとした猫の絵に、「公民館で絵を展示してみたら」と提案してくれた。友人や教師、地域の人も優さんの絵を見に集まり、用意されたノートには「よく頑張ったね」と励ましの言葉も書かれていた。今でもそのノートは優さんの宝物だ。

そのことがきっかけで、福井、静岡などでも作品を展示。今回、初めて東京で個展を開催することになった。

猫石=13日、東京都小金井市で

優さんと両親の代表的な作品の一つが「猫石」。河原で拾ってきた石に猫を描くというものだ。一つ一つ表情が違い、また色も形も違う。そして、一つ一つの作品には必ず聖書の言葉が入っている。現在は、両親と一緒に絵を描いたり、素材を探しに行ったりすることもあるという。幼い頃、失った時間を取り戻すかのように母と過ごす時間は、とても穏やかで平和なひとときだ。

優さんは次のようにメッセージを寄せた。

「特に今回の展覧会では、私と一緒の立場にある不登校や引きこもりの方、そしてご家族に、神様が『そのままのあなたで大丈夫』と私に伝えてくださったように、『それでも大丈夫』『そのままで大丈夫』というメッセージを伝えられたらと思っています」

「不登校だった猫」展
開催期間:6月30日まで(日曜休)
場所:東京都小金井市中町1丁目15-30(JR中央線東小金井駅より徒歩15分)
問い合わせ:[email protected](担当:小乃)

-インタビュー
-

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
守田早生里(もりた・さおり)

守田早生里(もりた・さおり)

日本ナザレン教団会員。社会問題をキリスト教の観点から取材。フリーライター歴10年。趣味はライフストーリーを聞くこと、食べること、読書、ドライブ。

Copyright© クリスチャンプレス , 2018 All Rights Reserved.