【chiyoのGOD ONLY KNOWS!】第4回 田舎にて

僕が生まれ育ったのは島根県西部の石見(いわみ)地方と呼ばれるところ。東京に出てきて、よく出身地をきかれ「島根です」と答えると「ああ、砂丘のあるところね」と隣の鳥取県とまちがえられることもしばしば・・・。実際に島根県と鳥取県は日本の中でも「人口の少なさ」で1位2位を常にキープしており、いわゆる正真正銘の田舎、マイナー県。今は亡き母方の祖父(大正生まれ)も、当時としては島根出身で早稲田大学に入学したのは、あの竹下登元首相と自分の2人だけだったと生涯自慢していましたが、そんな祖父も常々「島根は日本のチベットだ」と言っていたという・・・。

それぐらいの田舎で高校卒業するまで暮らしていた僕の子どもの頃の楽しみといえば、スーパーの屋上や神社の境内でよく行われていた「石見神楽」(いわみかぐら)を観ることでした。 島根県にはヤマタノオロチやスサノオノミコトなどの数々の伝説があり、それを演目にして派手な衣装を着て舞うのが伝統芸能の神楽。九州地方にも伝統的な神楽はあるようですが、石見神楽は舞にスピード感があり、だいたいの演目が正義と悪の対決で、ヒーロー物が大好きな子供の目を楽しませるには充分なエンターテインメントでした。僕が保育園から小学校低学年の頃までは神楽の真似事を友達と家でよくしていて、 なぜか僕は悪を成敗にいくヒーロー役より、暴れまくる鬼役の方が好きだった記憶が・・・。 最後は派手にやられるんですけどね。

小学校2年生からは牛若丸と弁慶に憧れて、剣道部に入部。毎週土曜日に学校にボランティアで教えにきてくれていた先生がかっこ良くて、「いいか、人生は食べてる時と寝てる時以外は苦しみなんだ」なんて言っていたなあ。剣道はまず稽古場の正面に礼、先生方に礼、そして互いに礼をしてから始める。 ここで「礼儀」というものを教わりましたね。 (聖書にも「愛は礼儀に反することをせず」って言う一節があります)

そして4年生ぐらいになると、お寺のお坊さんが教えていた空手教室にも通うようになりました。ある日、稽古を終えて帰ろうとしてたら、大学生くらいの道場破りがやってきて、それを先生のお坊さんがコテンパンに返り討ちにしてた記憶が・・・。 普段、型だけを教わってた小学生の僕らからしたら「先生ってやっぱりすごい人だったんだ!」と大リスペクトでしたね。

そんな田舎の風土でスクスク育った僕が中学生になり、剣道部の激しい稽古に挫折し、レギュラーからも外されたりして、自分のアイデンティティというものに向き合わざるを得なくなり、中2の修学旅行のバスの中でたまたま長渕剛の歌をカラオケで歌ったら、それがクラスのみんなにウケて、それで音楽に目覚めていくわけです。

あの頃は友達にクリスチャンもいなかったし、キリスト教会との接点もなく、教会といえば隣町の山の上のほうに十字架があるなあ位の印象でした。いまの僕がこんなふうにジーザスLOVEになってることを当時の田舎の友達が知ったら(知ってくれてる人もいると思うけど)、さぞやビックリでしょうね。

人生はまさにGOD ONLY KNOWS!
この続きはまた次回のコラムで。

☆chiyo☆

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