【解説】キリスト教とはどんな宗教?特徴や教えを解説しました。

キリスト教と聞くとみなさんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。日本のごく少数の人が信じる特殊な宗教でしょうか。確かに、日本のクリスチャン数は、人口の1割にも満たないのですが、実は、クリスマスをはじめ、私たちの身近なところに意外とキリスト教は浸透しています。

キリスト教とは?

キリスト教は、簡単に言ってしまえば、「神の子」であるイエス・キリストの教えを信じる宗教です。その教えは「聖書」に記されています。聖書には、イスラエルの指導者モーセをとおして神様と結んだ契約を中心として書かれた『旧約聖書』と、イエス・キリストによる新しい契約を中心として書かれた『新約聖書』があります。旧約は39巻、新約は27巻あり、1000年以上にわたって同一の神様について語る連続の書となっています。著者は合計すると数十人いますが、66巻をとおして一貫したテーマで書かれているため、まるで一人の編者がいて書かれているようです。

そのテーマとは、「神・罪・救い」です。クリスチャンは神のことを、「今も生きて働いておられる『真(まこと)の神』」という言い方をよくします。罪というのは、「的外れ」という意味で、間違ったあり方ということです。そして、救いは、イエス・キリストです。新約聖書には、真の神が、人間を罪から救うために救い主(イエス・キリスト)を送ってくださった事実が書かれ、旧約では、そのことが実現する数々の預言が書かれています。聖書は、私たち人間が神様を知ることができる唯一の方法なのです。

キリスト教の教えについて

私たち人間の心には、何を拝んでいるのか分からなくても、神を求める思いというものがあるのではないでしょうか。キリスト教では、いろいろなものを祀(まつ)る神道などとは違い、まことの神は「唯一のお方」で、「創造主」です。聖書には、人間をはじめとするこの世界の被造物は、この唯一の神によって創造されたとあります。中でも人間は、神ご自身のかたちに創造されました。そのように作られた私たちの人生は、偶然などということはなく、決して無意味で無目的なものでもありません。

しかし、そこに罪が入ったことで、人間は神様から離れてしまいました。神様の側に変化は全くないのですが、人間のほうが無残に変わってしまい、「神様と似ているもの」などとは思えない状態になってしまったのです。罪がもたらす悲惨な結果は「永遠の滅び(=何もない死)」です。神様は、そのような滅びから人間を救うために、神様はたった一人の息子であるイエス・キリストをこの世に送ってくださいました。クリスマスは、この救い主が誕生した日です。

聖書に「愛のない者に、神は分かりません。なぜなら神は愛だからです」(ヨハネによる福音書Ⅰ4章8節)とあります。聖書が教える神の性格で最も重要なものは、「愛」です。イエス・キリストが、この世に誕生し、人間としてともに苦しみを味わい、死んでくださったことにより、神はその愛を明らかにしてくださいました。その愛とは、深く、限りなく、誰にでもそそがれる無限の愛です。この愛をギリシア語で「アガペー」と呼びます。

愛(アガペー)に対する考え方

ギリシア語には「愛」を表現する言葉として、エロース(性愛)、フィリア(隣人愛)、アガペー(自己犠牲的な愛)、ストルゲー(家族愛)の4つがあります。この中で、福音書の記者や使徒パウロが、神の愛としてふさわしい言葉として「アガペー」を用いたとされています。このアガペーとは、相手から何ものも求めずに与えるだけの純粋な愛のことで、無償の愛とも言います。神の私たち被造物に対する働きかけが、このアガペーなのです。

アガペーは、あらゆるものへと働く愛で、それが隣人愛を生み出します。キリスト教には「汝の敵を愛せよ」という有名な言葉がありますが、誰でも嫌いなものに「愛情」を感じることはできません。しかし、嫌いな人を「愛する」ことはできます。相手を大切にすることは自分への命令によって可能だからです。新訳聖書に、敵対する人を助ける「善きサマリア人のたとえ話」があります。これは、決して身近な人や好きな人だけでなく、自分の前に現れるあらゆる人を大切にせよという隣人愛で、キリスト教の大切な教えです。

死に対する考え方

この世に生まれたものは、いのちの終わりに死を迎えます。それは誰にでも平等に与えられていることですが、キリスト教では、その死を罪の結果と考えます。神に創造された人間は不死のものと定めらていましたが、人間が罪を犯した結果、死がこの世に入ってきたというのです。人間が罪を犯さなかったならば、死ぬことはありませんでした。つまり、人間にとって肉体の死は、人間が招いた最強の敵ということになります。そして、この敵を打ち破ってくださったのがイエス・キリストの十字架と復活なのです。

クリスチャンは、自身の肉体に魂と霊を宿しているのではなく、魂と霊が肉体をもっていると考えるので、死は「私は肉体を離れた」という意味になります。神様は、死をとおして私たちをご自分のもとに呼び寄せてくれます。信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちの門で、地上の生涯を終わった後も、天に永遠の住みかが備えられていると信じています。死は終わりではなく、地上における人間の旅路の到着点です。そして、人間は1度死ぬものとされていますから、死後の転生はありません。

私がキリスト教を信じるまで(経験談)

私は、クリスチャンになると「よい人間」になれると本気で信じていました。私にとってよい人間というのは、人に対して怒ったりせず、人の悪口や陰口を言わない、いつも笑顔でいる人です。そうなりたいと思っても、望まないことを口走ったり、行動してしまったりするもう一人の自分がいて、いつも自己嫌悪に陥っていました。それをなんとかしたいと思い、近所の教会で行われている日曜礼拝に行ってみることにしました。教会に行きさえすれば、自分を変えられると思っていたのです。

しかし、そこで語られたのは、「神様はそのままのあなたを愛している」ということでした。また、自分を嫌いだと思うのは、造り主である神を否定することで、自分を神よりも上に置いていることだと聞いてとても驚きました。これまでの考え方とは全く違っていたからです。教会で語られる話は、心洗われるものでしたが、私の心の悩みは分かってもらえないのだろうなと思い始めていました。

それでも毎週礼拝に出席していて、ある日「私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえってしたくない悪を行なっています」という聖書の一句(ローマ人への手紙7章19節)が目に留まりました。まさに自分を言い当てた言葉であり、神様という方に心の中を全て見透かされているようでした。同時に、自分ではどうすることもできない悩みを、神様は分かっているのだと感じました。そのことに気づいた時、自己中心的で、罪などないと自惚(うぬぼ)れている自分の姿に気づき、はじめて、イエス・キリストが自分のために十字架にかかり、死んでくださったという聖書の出来事を信じることができたのです。

今振り返るととても不思議な体験だったなと思います。信仰の世界に入るきっかけは、千差万別です。劇的なこともあれば、私のように教会に通って行く中で信じることができる人もいます。神様はきっと、その人にあった時と場所と方法を用意してくださっているのではないでしょうか。

キリスト教の教えとは、神の豊かな愛を知ることです(まとめ)

人間の愛には限りがあります。裏切られた時、辱(はずかし)められた時、激しい怒りや憎しみが燃えてきます。しかし、神様は、神の存在を信じず、神の愛を否定し、拒んでいる人にも、なお救いの手をのばし続けるほど、豊かな愛を持っているのです。それは、神のひとり子であるイエス・キリストの犠牲によって私たちに与えられた現実の愛です。その愛を知ったとき、死で終わる人生は大きく変わリます。

 

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