コラム

神さまが共におられる神秘(47)稲川圭三
今日から聖週間が始まりました。イエスさまの十字架にあずかるとは、イエスさまがなさったことを見守ることとは違います。イエスさまと一緒に生きることです。自分を傷つける者の中にも、神のいのちがあるという真実を受け取って祈ることにほかなりません。
神さまが共におられる神秘(46)稲川圭三
この女の人は、「ああ、私はこの人の前からは逃げられない」と分かったんじゃないでしょうか。決してその前から逃げられない方の前に自分の身を置くこと、これが根源的な回心です。そして、イエスさまは言われました。「わたしもあなたを罪に定めない」
牧会あれこれ(7)賀来周一
人生を変えることのできるものがある。それは己の決断の仕方である。そのためには、変えることができるものは何であるかを〈知る〉ことから始まる。そして、起こったことを知れば、〈耐え忍ぶ〉時が過ぎる。時間は急ぐためにあるのでなく、待つためにある。
神さまが共におられる神秘(45)稲川圭三
私たちが「子よ」と呼ばれる理由は、人間の側にはありません。神さまの側にあります。自分の資格とか、どうでもいいものはその場に置いて、ポンと「神さまの側」に行かなくては。そのことに私たちが出会うために、イエスさまは今日のたとえを話されました。
神さまが共におられる神秘(44)稲川圭三
「自分はあの人たちほど悪くはない」とか、「自分はあの人たちと比べると全然ダメだ」と言うのは的外れです。私たちがするべき方向転換とは、神さまが私にもあなたにも共にいてくださると認めて生きること。これが「回心」という歩みです。
神さまが共におられる神秘(43)稲川圭三
私たちも今日、具体的な毎日の生活の中で、さまざまな問題、悩み、心配を抱えて生きています。「どのようにして」という理解や答えを求めたい心もあると思います。けれども、私たちの理解や納得を超えて、神さまが共にいてくださいます。
神さまが共におられる神秘(42)稲川圭三
悪魔の誘惑に勝つ力をお持ちのイエスさまに信頼を置くなら、この世で苦難があっても、信頼して生きることができます。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)
神さまが共におられる神秘(41)稲川圭三
神父さまに「今まで一度も目をちゃんと見たことがありませんでした」と言ったことがあります。もちろん目を見たことはありましたが、いつも「自分」というこっち側にいて、神父さまの目の向こう側にただ信頼して眼差しを向けるということがなかったのです。
牧会あれこれ(6)賀来周一
ある日、教会でこの婦人に話しかけている青年がいた。「信仰とは何でしょうね」。すると、「そりゃー、あーた、自分より偉(えら)かもんば持つこったい」と熊本弁での返事が聞こえてきた。言い得て然(しか)り、ポンとヒザを打ちたくなる感じがした。
神さまが共におられる神秘(40)
「あなたがたの父が憐れみ深いように、私たちも憐れみ深い者となりなさい」と言われています。それは、「父である神が憐れみ深いので、すべての人と一緒にいてくださる」という真実を認めることです。それだけ。それが、人間が求められている「憐れみ」です。

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