「コラム」 一覧

神さまが共におられる神秘(39)稲川圭三
イエスさまは貧しい人に「幸いだ」と言われました。「私がいるところにあなたがたも一緒にいるから幸いだ」ということです。反対に「富んでいるあなたがたは、不幸である」と言われます。いま富んでいるところは、人から奪われる可能性があるところなのです。
神さまが共におられる神秘(38)稲川圭三
人間の判断に立てば「やったって意味がない」と思っても、神さまが共におられる真実に立って網を降ろしてみましょう。「神さまがあなたと共におられます」と、たとえ無駄とは思っても、祈ってみましょう。これが私たちに必要な「信仰」という立ち位置です。
神さまが共におられる神秘(37)稲川圭三
「なんでこんなことができないの」、「なんでこういう考え方するの」とか言って、私たちの思いで蓋をしてしまい、目の前の人の中に神さまが共にいてくださる真実に出会えなくなってしまう。それは正しいことではないと、今日の福音は教えているのです。
牧会あれこれ(5)賀来周一
もはや治る望みはないが、信仰があれば病気が治ると信じたい。生身の人間としては、もっともな願いだ。けれども、その願いは叶(かな)わず、死がやって来る。その現実を受け入れることが恵みである。彼女はそう告白して、そのひと月後、天国へと旅立った。
神さまが共におられる神秘(36)稲川圭三
イエスさまは十字架で死に、復活し、聖霊を注ぐことによって、神のいのちを見る眼差しを私たちに注いでくださいました。すると、「わたしたちの間で実現した事柄」が私たちの内に実現し、今度は私たちがイエスさまの眼差しで人を見る者となって派遣されます。
神さまが共におられる神秘(35)稲川圭三
「このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていた」とあります(9節)。「この人が何か言いつけたら、そのとおりにする」というところから、内側から喜ばせてくれる「ぶどう酒」、神さまのいのちが来ることを知りたいと思います。
神さまが共におられる神秘(34)稲川圭三
「この世のことがすべて」というまなざしで見たら「骨折り損のくたびれもうけ」でも、そして、この世がいくら「くたびれもうけ」に満ちていても、それにもかかわらず「神さまが一緒に生きてくださる」というのは、「ワッハッハ」と笑って歩むような道なんだ。
神さまが共におられる神秘(33)稲川圭三
より大きな憎しみへの誘惑に立たされている人たちへの連帯のために、「怒ってしまおう、無視してしまおう、傷つけるひとことを言ってしまおう」という誘惑に同意しない。それが、私たちができる「平和の祈り」の根本ではないかなと思います。
牧会あれこれ(4)賀来周一
今日、教会は高齢者を多く抱えるようになった。「する、できる」ことに評価の重点を置くこの世で、「役立たず」とレッテルを貼られてまで生きていたくないのが本音である。。しかし教会は、「いること」だけをきわめて良しとする世界を持っている。
神さまが共におられる神秘(32)稲川圭三
親類や知人の間を捜し回ったが、見つからない。そして、見つかるのは「三日の後」です(46節)。「神殿」(同)で見いだされました。これは、イエスさまが3日の後、見いだされるという「復活」のテーマを前もって表している箇所だと言われています。

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