コラム

神さまが共におられる神秘(36)稲川圭三
イエスさまは十字架で死に、復活し、聖霊を注ぐことによって、神のいのちを見る眼差しを私たちに注いでくださいました。すると、「わたしたちの間で実現した事柄」が私たちの内に実現し、今度は私たちがイエスさまの眼差しで人を見る者となって派遣されます。
神さまが共におられる神秘(35)稲川圭三
「このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていた」とあります(9節)。「この人が何か言いつけたら、そのとおりにする」というところから、内側から喜ばせてくれる「ぶどう酒」、神さまのいのちが来ることを知りたいと思います。
神さまが共におられる神秘(34)稲川圭三
「この世のことがすべて」というまなざしで見たら「骨折り損のくたびれもうけ」でも、そして、この世がいくら「くたびれもうけ」に満ちていても、それにもかかわらず「神さまが一緒に生きてくださる」というのは、「ワッハッハ」と笑って歩むような道なんだ。
神さまが共におられる神秘(33)稲川圭三
より大きな憎しみへの誘惑に立たされている人たちへの連帯のために、「怒ってしまおう、無視してしまおう、傷つけるひとことを言ってしまおう」という誘惑に同意しない。それが、私たちができる「平和の祈り」の根本ではないかなと思います。
牧会あれこれ(4)賀来周一
今日、教会は高齢者を多く抱えるようになった。「する、できる」ことに評価の重点を置くこの世で、「役立たず」とレッテルを貼られてまで生きていたくないのが本音である。。しかし教会は、「いること」だけをきわめて良しとする世界を持っている。
神さまが共におられる神秘(32)稲川圭三
親類や知人の間を捜し回ったが、見つからない。そして、見つかるのは「三日の後」です(46節)。「神殿」(同)で見いだされました。これは、イエスさまが3日の後、見いだされるという「復活」のテーマを前もって表している箇所だと言われています。
神さまが共におられる神秘(31)稲川圭三
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」という挨拶をマリアは、「お言葉どおり、この身に成りますように」と受け取りました。そして、急いでエリサベトのところに行きました。いただいた挨拶(あいさつ)を、今度は人に告げる者になっていったのです。
神さまが共におられる神秘(30)稲川圭三
イエスさまは、「裁く」というよりは、むしろ「赦し」というお方です。人間の中の悪をサーチライトで照らして、「そんなに見ないで~!」と私たちが言うような目で見つめる方ではありません。私たちの中に神さまのいのちがあることを見てくださる方なのです。
神さまが共におられる神秘(29)稲川圭三
私たちも、自分の思いや考え、納得や理解によって生きるという古い生き方を捨て、キリストに信頼して生きるいのちとなるように迫られています。すべての人と共におられる神さまを認めて生きる、キリストに信頼して歩む歩みに変えるようにと迫られています。
神さまが共におられる神秘(28)稲川圭三
イエスさまは、「この世の目に見えるものに自分の根っこを這(は)わせてはいけない」とおっしゃっています。私たちはこの世の中で生きていますが、そのすべてをお創りになられた「永遠」という神さまに結ばれて生きるようにと教えてくださっているのです。

カテゴリーで一番読まれている記事

それぞれのカテゴリーで一番読まれている記事

Copyright© クリスチャンプレス , 2019 All Rights Reserved.