コラム

牧会あれこれ(3)賀来周一
牧師がどのように人のニーズに対応しているかを、人々は身近なところで感知する。そして、牧師が相手に誠意をもって接しているか、公平であるかなどを、言葉の端々や何気ない振る舞いの中に見て、自分自身と牧師の関係はどうなのかを自分で判断する。
神さまが共におられる神秘(27)稲川圭三
人から脅されなければ良いことを行わないなら、私たちは誰に支配されているのでしょうか。キリストはそういう支配者ではありません。「私と一緒に生きてくれませんか」という呼びかけに応える者を根本から自由にしてくださいます。そういう愛による支配です。
神さまが共におられる神秘(26)稲川圭三
脅かされるような出来事があっても、あなたがたを迫害する状況があっても、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」という真実に結ばれて生きてほしい。そういうイエスさまからの切なる呼びかけを今日、私たちは福音として聞いています。
神さまが共におられる神秘(25)稲川圭三
「どうしてこんなことが」と思うようなことが降りかかっている方もおられるかもしれません。それは、その出来事を通して、「目に見えるすべてを超えて『永遠』という方が支えてくださっている」という大切な出会いに招かれている時だといえるように思います。
神さまが共におられる神秘(24)稲川圭三
イエスさまの愛で愛する 2012年11月4日 年間第31主日 (典礼歴B年に合わせ6年前の説教の再録) あなたの神である主を愛しなさい。隣人を愛しなさい マルコ12:28b-34 ユダヤ教の律法という掟(おきて)はたくさんの数がありました。その中で何がいちばん大切かということは、しばしば議論にもなっ
しばしば信仰に生きているつもりでも、日常の中では、世の中にも自分にもいささか妥協気味に生きていることがある。そのような時に、「信仰において譲らず、愛において譲る」というルターの言葉はよい示唆を与えてくれる。
神さまが共におられる神秘(23)稲川圭三
「すでに与えられている神さまの恵みを見えるようになりたいのです」 2015月10月25日 年間第30主日 (典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録) 先生、目が見えるようになりたいのです マルコ10:46~52 今日の福音に「道端に座っていた」「なお道を進まれるイエスに従った」とありますが、その「道」
神さまが共におられる神秘(22)
仕えるとは、どんな人の中にも神さまを見ること 2015年10月18日 年間第29主日 (典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録) 人の子は仕えられるためではなく、仕えるために来た マルコ10:35~45 今日の福音は、イエスさまがどういうお方であるか、最も深く、ひとことで言い表している箇所です。 「人
神さまが共におられる神秘(21)稲川圭三
人は神と共に生きようとしないが、神は今日も招く 2015年10月11日 年間第28主日 (典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録) 人間にできることではないが、神にはできる マルコ10:17~30 ある人が走り寄って、尋ねました。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」(17節)
神さまが共におられる神秘(20)稲川圭三
神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない 2015年10月4日 年間第27主日 (典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録) 神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない マルコ10:2~16、または10:2~12 説 教 ファリサイ派の人々がイエスさまを罠(わな)にかけようと近

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