コラム

神さまが共におられる神秘(44)稲川圭三
「自分はあの人たちほど悪くはない」とか、「自分はあの人たちと比べると全然ダメだ」と言うのは的外れです。私たちがするべき方向転換とは、神さまが私にもあなたにも共にいてくださると認めて生きること。これが「回心」という歩みです。
神さまが共におられる神秘(43)稲川圭三
私たちも今日、具体的な毎日の生活の中で、さまざまな問題、悩み、心配を抱えて生きています。「どのようにして」という理解や答えを求めたい心もあると思います。けれども、私たちの理解や納得を超えて、神さまが共にいてくださいます。
神さまが共におられる神秘(42)稲川圭三
悪魔の誘惑に勝つ力をお持ちのイエスさまに信頼を置くなら、この世で苦難があっても、信頼して生きることができます。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)
神さまが共におられる神秘(41)稲川圭三
神父さまに「今まで一度も目をちゃんと見たことがありませんでした」と言ったことがあります。もちろん目を見たことはありましたが、いつも「自分」というこっち側にいて、神父さまの目の向こう側にただ信頼して眼差しを向けるということがなかったのです。
牧会あれこれ(6)賀来周一
ある日、教会でこの婦人に話しかけている青年がいた。「信仰とは何でしょうね」。すると、「そりゃー、あーた、自分より偉(えら)かもんば持つこったい」と熊本弁での返事が聞こえてきた。言い得て然(しか)り、ポンとヒザを打ちたくなる感じがした。
神さまが共におられる神秘(40)
「あなたがたの父が憐れみ深いように、私たちも憐れみ深い者となりなさい」と言われています。それは、「父である神が憐れみ深いので、すべての人と一緒にいてくださる」という真実を認めることです。それだけ。それが、人間が求められている「憐れみ」です。
神さまが共におられる神秘(39)稲川圭三
イエスさまは貧しい人に「幸いだ」と言われました。「私がいるところにあなたがたも一緒にいるから幸いだ」ということです。反対に「富んでいるあなたがたは、不幸である」と言われます。いま富んでいるところは、人から奪われる可能性があるところなのです。
神さまが共におられる神秘(38)稲川圭三
人間の判断に立てば「やったって意味がない」と思っても、神さまが共におられる真実に立って網を降ろしてみましょう。「神さまがあなたと共におられます」と、たとえ無駄とは思っても、祈ってみましょう。これが私たちに必要な「信仰」という立ち位置です。
神さまが共におられる神秘(37)稲川圭三
「なんでこんなことができないの」、「なんでこういう考え方するの」とか言って、私たちの思いで蓋をしてしまい、目の前の人の中に神さまが共にいてくださる真実に出会えなくなってしまう。それは正しいことではないと、今日の福音は教えているのです。
牧会あれこれ(5)賀来周一
もはや治る望みはないが、信仰があれば病気が治ると信じたい。生身の人間としては、もっともな願いだ。けれども、その願いは叶(かな)わず、死がやって来る。その現実を受け入れることが恵みである。彼女はそう告白して、そのひと月後、天国へと旅立った。

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