教皇フランシスコが残してくれた福島への思い 信木美穂×鴨下全生ミニトーク

 

「信木美穂(のぶき・みほ)×鴨下全生(かもした・まつき)ミニトーク」(協力:きらきら星ネット、ミホ・プロジェクト)が3月11日、教文館ギャラリー・ステラ(東京都中央区)で開催された。信木さんが福島の子どもたちからインスピレーションを受けて描いた詩画集『ひまわりの丘──福島の子どもたちとともに』(LABO)の原画展の会期中(3月1〜15日)に特別イベントとして開かれたもの。新型コロナ・ウイルス感染拡大を防ぐため、無観客で行い、その模様はユーチューブでライブ配信された。

カトリック信徒の信木さんは、福島の原発事故直後から避難家族を支援する「きらきら星ネット」を立ち上げ、交流活動や保養プログラムなどを続けてきた。その一方、音楽家らと「ミホ・プロジェクト」を結成し、『ひまわりの丘』の朗読を中心にしたチャリティー・コンサートを各地で開催している。

鴨下さんは、福島県いわき市出身の17歳。9年前、東日本大震災による原発事故で東京に自主避難を余儀なくされた。昨年3月にバチカンに招かれて教皇フランシスコに謁見し、その8カ月後、教皇が来日した折には、東京都内で開催された「東日本大震災被災者との集い」で教皇と再会し、スピーチした。

現在、避難者としての体験を語る活動をしている鴨下さんだが、避難した当時は福島から来たということでいじめられたり、原発事故の被害について嘘(うそ)つき呼ばわりされたりしたという。そのため、心の痛みを一人で抱えるようになったが、そんな鴨下さんに、教皇へ手紙を書くよう勧めたのが「きらきら星ネット」だ。

「カトリック信徒ではない僕にとって、教皇は遠い存在だったので、とてもびっくりしました。でも、この状況をなんとか打破したくて、手紙を書くことにしました。実際にお会いした教皇は、『やさしいおじいさん』という感じでした。長く話したわけではないのですが、こちらの話を頷(うなず)きながら聞いてくれ、すべて肯定されていると心から思いました。今までは、原発被害の話をすると、まるで嘘を言っているかのように扱われてきたので、本当にうれしかったです」

また、「被災者との集い」の時に再会した教皇から、「私のことを覚えていますか」と言われたという。

「毎日たくさんの人と会い、話を交わしているのに、たった一度、それも短い時間に会っただけの僕の伝えたことをしっかりと記憶し、重く受けとめてくださっているのだと、その言葉で分かって、ものすごく感激しました」

左からレンゾ・デ・ルカ神父、鴨下全生さん、信木美穂さん ©Shinichi Kida

このイベントには、イエズス会日本管区長のレンゾ・デ・ルカ神父もゲストとして出演した。教皇と同じアルゼンチン出身で、神学校時代には直接薫陶(くんとう)を受けたことがある。今回、来日時に通訳として同行した時の教皇の印象について語った。

「教皇は、日本でキリスト教がマイノリティーであることを意識して、『こういうことを話そうと思うが、日本の文化では失礼に当たらないか』と事前に聞かれました。そういう態度がとても印象に残っています。それから、若者との集いでも、いじめや自殺の問題など、発展した国の裏側にある脆(もろ)さや弱さに目をそらさず向き合っていく姿も印象的でした。人と接する態度そのものがメッセージになっていると感じました」

信木さんから、「今後、福島のことを考えていく上で、何をしていったらいいか」と聞かれると、鴨下さんは次のように答えた。

「個人的な意見ですが、『被災者はかわいそうだから助けてあげよう』という感情ではなく、『今の社会の理不尽をなくそう』、『当たり前のことができる社会にしよう』という理で行動してほしい。そうでないと、支援者と被害者、被害者同士の対立につながってしまいます。根底に同じ理を持っていれば、本当の解決に向かっていけるのではないでしょうか」

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