歴史

金沢の高山右近資料館「ギャラリー・ジュスト」館長 奈良献児さん

 

戦災を免れて古い街並みが残り、外国からの観光客にも人気の高い石川県金沢市。そこにある高山右近資料館「ギャラリー・ジュスト」館長で牧師の奈良献児(なら・けんじ)さんに話を聞いた。

奈良献児さん、美穂さん夫妻

奈良さんは1958年、静岡県三島市生まれ。81年に東京キリスト教短期大学神学専攻科を卒業した後、長野、静岡、愛知、石川、富山の教会で牧師を歴任し、現在は日本同盟基督教団の支援牧師。2011年に妻・美穂さんの実家がある金沢市に引っ越し、金沢市観光ボランティア・ガイド「まいどさん」になった。その中で、高山右近がこの地で多大な影響を及ぼしていることを実感し、13年、私財を投じて「ギャラリー・ジュスト」を開館したのだ。

キリシタン大名・高山右近は、豊臣秀吉がバテレン追放令(1587年)を出した時に地位より信仰を選び、その翌年、前田利家(としいえ)に招かれて、徳川家康による国外追放(1614年)までの26年間、加賀藩(金沢市)で暮らした。その間、前田家の相談役を務めただけでなく、小田原征伐(1590年)に参戦もしている。また、千利休(せんのりきゅう)から「極上一の弟子」と評され、「利休七哲人」に数えられていた右近は、この金沢で信仰と茶の湯の生活を送ったといわれる。

金沢市と市観光協会は昨年、右近ゆかりとされる市内の13カ所をまとめたマップを初めて作製したが、その監修をしたのも奈良さんだ。右近の屋敷があったとされる場所や、築城技術のある右近が築造に関わった金沢城や惣構(そうがまえ)、右近の聖遺物があるカトリック金沢教会などが載っている。日本語版だけでなく、「キリスト教圏に住む外国人にも、金沢を理解してもらうきっかけとしたい」と、英語やイタリア語、フランス語版も配布されている。

カフェ「あめん堂」

「ギャラリー・ジュスト」は、右近の足跡が至るところで見られる金沢城公園のすぐ近くで7年前に始められた。「ジュスト」とは、ポルトガル語で「正義」を意味する右近の洗礼名。民家を修復して作られた資料館の正面に、昨年6月、カフェ「あめん堂」を併設した。カフェでは定期的に「高山右近の陣中飯を食べる会」も開催し、美穂さんお手製の陣中飯を食べながら、日本の食文化について学んだりもしている。

高山右近の陣中飯

少し急な階段を上がって2階が、6畳プラス4畳半の展示室となっている。そこには、右近に関するものだけでなく、金沢のキリシタンに関する資料も多面的に展示されている。

「ギャラリー・ジュスト」の資料室

「右近は建築だけでなく、茶道や舞など、精神的・文化的側面にも大きな足跡を残しています。その根底にはどれも、神様への熱い思いがあります。ですから、右近について話すことが伝道でもあるので、これはパラ・チャーチ(超教派の働き)だと思っています。一般の人からは、『ちょっと面白いことをやっている牧師がいる』ということで興味を持たれています。学校や公民館などで話す機会もいただいているんですよ」

奈良さんは右近を、金沢の町の基礎を作った人物だと考えている。

「金沢に来る条件として前田利家が約束したのは、南蛮寺(教会)の建立でした。また、内藤如安(じょあん)や宇喜多休閑(うきた・きゅうかん)など、右近を慕って金沢に多くのキリシタン武将や信徒が集まっています。右近は信仰の指導のために2人の宣教師を金沢に招きましたが、この金沢を中心としたキリシタンの大きな群れはヨーロッパにまで報告されています」

1998年、トンネル工事の際に人骨40体が発見されたが、調査の結果、1870年から金沢に送られた長崎・浦上のキリシタンの可能性が高いことが分かった。

浦上四番崩れで送られてきたキリシタンの割り当てが記されている。

「浦上四番崩れでは、キリシタン3394人のうち516人が金沢藩に預けられ、卯辰山(うたつやま)の山中の牢屋(織物工場跡や病院跡など)に幽閉され、拷問と飢餓で103人もの殉教者を出しています。そんなに多くのキリシタンが金沢に送られたのは、明治新政府が金沢藩の財政を弱体化させる狙いがあったのではないかと言われています」

資料室には、当時、それぞれの藩に送られた人数や改宗の有無などが記された記録簿も保管され、直接見ることができる。その中に、禁教が解かれた後、浦上に帰った人たちの集合写真もあった。

禁教が解かれた後、浦上に帰った人たちの集合写真

「金沢に送られてきたキリシタンは、誰一人として改宗を受け入れず、キリシタン禁令の高札が降ろされたあと、生き残った330人のキリシタンが浦上に帰り、次々に教会を建てていきました。長崎の教会群が世界遺産に登録されましたが、そこには、金沢から帰った多くのキリシタンも関わっていると思うんですね。こういったことも金沢の人にもっと紹介したいと思っています」

「キリシタンは何も長崎だけのものではない」と奈良さんは強調する。

「普通のおじさんやおばさんがキリスト教の習慣を続けていたことが、金沢の町にも見受けられます。これまで私は、金沢のキリシタンの存在や習慣を自分なりに調査してきましたが、その中で海外の高山右近の研究者ともつながりができました」

1階のカフェには、聖人画や十字架などが置かれている。海外からの観光客がカフェの中を見て、「ここで礼拝を行っているのか」と驚かれることもあるという。

「以前、フランスのリヨンで高山右近を研究している人が訪れ、『私はカトリック、あなたはプロテスタントの牧師さん。でも、主の祈りは一緒ですから、祈りましょう』と、ここで祈リました。それがきっかけで、今も情報のやりとりをしています。あと、高山右近が列福されたことで、今度は列聖のための調査が始まっていて、その調査団体から、右近が能登で建てた教会について問い合わせなどもあります。高山右近で世界がつながっている感じがします」

予約をすれば、高山右近についての詳しい解説や足跡の案内を奈良さんがしてくれるという。詳しくは、「ギャラリー・ジュスト」のホームページまで。

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