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【新春インタビュー】日本聖書協会新総主事・具志堅聖さん 聖書普及と教派を超えたネットワーク形成(3)

投稿日:2020年1月3日 更新日: -

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──具志堅先生のこれまでの歩みについて教えてください。

私の出身は沖縄県那覇市です。最初のキリスト教との出会いは、カトリックの幼稚園でした。中学・高校は長崎市にあるカトリックのミッション・スクールです。高校生になった最初の頃に、父の仕事の関係でカナダに移住しました。そこで、引退したバプテスト系の宣教師に導かれて洗礼を受けたのです。

具志堅聖さん

大学時代にカナダで、インターバーシティ(日本でいうキリスト者学生会〔KGK〕)などにも関わりました。その後、直接献身し、二つのカナダの神学校で学び、伝道師になりました。私の母教会は、現在の日本同盟基督教団・バンクーバー日系人福音教会なのですが、そこで教育主事として1年間奉仕したのが始まりです。

その中で日本の教会との出会いがあり、今のウェスレアン・ホーリネス教団・淀橋教会(当時は日本基督教団)に導かれ、そこを拠点に横浜の東戸塚で開拓伝道に関わりました。そして2003年から、東日本大震災があった2011年まで日本福音同盟(JEA)の総主事を務めました。

その後、ハワイ州ホノルル市にあるマキキ聖城キリスト教会で6年間牧会しました。ここは、同志社を卒業した奥村多喜衛(おくむら・たきえ)がハワイの日系人の方々のために建てた教会でした。そのため、どちらかというと日本基督教団の同志社系の方々との強いコネクションがありました。その途中に渡部信先生から「日本聖書協会の働きに協力してもらえないか」という声をかけられ、2017年に当協会に入りました。

振り返ると、かなり多様なスピリチャル・ジャーニー(霊的な旅)だったなと思います。ハワイで属していたユナイテッド・チャーチ・オブ・クライスト(United Church of Christ)という教会も、本当に神学的な幅の広い教会です。マキキ教会はとても保守的な群れですが、そういう教派に属していたこともあり、かなり自由主義的な信仰理解の世界を見るきっかけにもなりました。また、説教塾にも関わっていた時期があり、東京神学大学系の牧師たちとも知り合う機会がありました。このような経緯から、エキュメニカルな視点で偏見なしにコミュニケーションをとれるようになったかと思っています。そうしたことが今後お役に立てれば幸いです。

──もともとクリスチャン・ホームでは?

最初に私と母が洗礼を受け、そのあとに父と妹が洗礼を受けました。私がミッション・スクールに行ったのはクリスチャン・ホームという背景があったわけではありませんが、キリスト教から何かしらの影響を受けていたとは思います。

学生の頃は、倫理や宗教を教えている先生との出会いが大きかったですね。「大切なものは何か」と常々言われていたことは、私の一部になっています。大学では最初、理工系を専攻していましたが、その後、神学校で神学を学ぶようになります。

──「大切なもの」とは具体的に何だと……。

いろいろなことを覚えていますが、それらは旧約聖書の十戒に関わる内容であったと思います。ただ、中学・高校の頃は福音理解がはっきりしていませんでした。また神父様が、「友や両親を大切にするように。人生あきらめてはいけない。神様はあなたを愛している」など、事あるごとに話しておられました。

のちに牧師になって大切だと思うことは、罪深さや弱さのうちにある私たちを、常に神は見ておられ、私たちを救い、人格を変え、私たちを用いてくださるということ。もう一つは、自分が許される限り寛容であるようにという教えです。

──それはエキュメニカルにつながると思います。

就任式でもSDGs(持続可能な開発目標)の話をしましたが、その中にもL G B Tやジェンダーの課題が含まれています。それをどのように教会レベルに持っていくか。以前、米国で、L G B Tに関わる理解をきちんと持っているクリスチャン法律家にこんなことを言われ、教えられました。「宗教者はL G B Tを法的にきちんと理解しなければなりません。マイノリティーである彼らにある種の配慮をしなければいけないのです」と。私はその言葉に助けられ、励まされてきたように思います。

【「キリスト新聞」との共同取材】

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