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「こうのとりのゆりかご」を開設した蓮田太二さん、帰天 慈恵病院理事長兼院長

親が育てられない子どもを匿名でも受け入れる新生児保護施設「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の創設者で、慈恵病院(熊本市西区)理事長兼院長の蓮田太二(はすだ・たいじ)さんが25日午前11時37分、急性心筋梗塞(こうそく)のため、同市の病院で帰天した。84歳。

葬儀は近親者のみで行う。献花は28日午前10時~午後5時、カトリック島崎教会(熊本市西区島崎2の10の11)で受け付ける。花は慈恵病院が用意する。

父親の善明さん(熊本市出身)は戦前、本居宣長研究などで知られる国文学者で、16歳の三島由紀夫を見いだした。太二さんは、善明さんが教師として赴任した台湾で1936年、次男として生まれる。62年、熊本大学医学部を卒業したのち、産婦人科医として同大産科婦人科学教室の研究員として勤務。69年、カトリックの修道会が運営する社会福祉法人聖母会・琵琶崎聖母慈恵病院に転任し、シスターらの献身的な医療に共感して病院にとどまり、71年に病院長に就任した。78年には、医療法人聖粒会慈恵病院を新たに設立して病院の運営を移管し、理事長に就任。2011年から病院長も兼務していた。近年は糖尿病のため療養中だった。

全国で相次いだ乳児の虐待死を受けて、2006年、蓮田さんは「こうのとりのゆりかご」の設置を熊本市に申請。翌07年4月に許可を取得し、5月から日本で初めて慈恵病院で実践が開始された。「安易な育児放棄を助長するのでは」との批判もあったが、「捨てられる命を救う」との理念で活動に取り組み、20年3月末までに155人の子どもを預った。また、妊娠に悩む女性を対象とした電話相談も開始し、望まない妊娠や生活困窮などに悩む女性らの受け皿になった。親が育てられない子どもの特別養子縁組にも取り組み、300件以上の特別養子縁組につなげた。

19年には、予期せぬ妊娠をして匿名を望む母親が、病院にだけ身元を明かした状態での「内密出産」の仕組みを日本で初めて導入。赤ちゃんの遺棄事件などを未然に防ぎ、母子の命を守る活動にも尽力した。

著書に『ゆりかごにそっと──熊本慈恵病院「こうのとりのゆりかご」に託された母と子の命』(方丈社)、共著に『名前のない母子をみつめて──日本のこうのとりのゆりかご ドイツの赤ちゃんポスト』(北大路書房)、『手間ひまかける 気を入れる──家族が家族であるために』(女子パウロ会)などがある。

慈恵病院(写真:hyolee2)

慈恵病院は、カトリック系の医療法人聖粒会が設置・運営する病院(東京慈恵会医科大学やその附属病院とは無関係)。もともと、明治になって初めて熊本県内で福音宣教を始めたフランス人宣教師のジャン・マリー・コール神父が、熊本城に近い本妙寺に集まっていたハンセン病患者に施療していたことが始まり。1898(明治31)年、マリアの宣教者フランシスコ修道会の5人のシスターがローマから熊本に着いて本格的に看護活動を始め、私立のハンセン病療養所「待労院(たいろういん)」が創設された。

寺に近付けば乞食漸く多く、乞食中にはらい人多し。本妙寺畔に救らい院あり、加特力教「フランシスカアネル」派 Franciscaner ordon の仏蘭西教女子数人の経営になる。……その功績賞するに堪えたるものあり。(森鷗外「小倉日記」)

慈恵病院の前身「慈恵診療所」は、その待労院と同一敷地内に同時期に設立された。病院のすぐ近くにあるカトリック島崎教会(アレサンドロ・トゥルコ主任司祭)は、1959月、同じくマリアの宣教者フランシスコ修道会によって誕生し、昨年、60周年を迎えた。

蓮田さんは1998年、62歳の時に洗礼を受け、島崎教会の信徒に。その経緯は次のようだった。

蓮田さんは、同じ病院で看護師や助産師として働くカトリックのシスターたちを通して、キリスト教と出会った。彼女たちの献身的な働きに日々接し、「なぜ、あのように謙虚にひとりひとりに向き合えるのか」不思議だった。

そんなある日、事件が起きた。一人の妊婦が出産後、大量出血を起こし、子宮を摘出しなければならなくなったのだ。家族から手術の了解を得るのに時間がかかり、妊婦は危機的な状況に。「もう待てない」と、蓮田さんはメスを握った。「神さま、助けてください」と祈りながら。妊婦は命を取り留めた。「医学では計り知れないものに助けてもらった」。この体験から蓮田さんは謙虚たることを学び、洗礼へと導かれた。(「こころの友」2016年6月号、日本キリスト教団出版局)

洗礼を受けてから、世間からの反対の声などを聞いたりした時に、聖書の言葉が大きな力になったと語っている。

私は洗礼を受ける前から、シスター方からいろんな教えをいただき、そういうことがゆりかごへの取り組みの上で、一番の精神的な支えとしてありました。霊名はアッシジの聖フランチェスコです。イエズス様の教えの中にも、〝いと小さき者にした者は…〞とありますね。捨てられて亡くなるというような運命にある赤ちゃんは、世間から〝いと小さき者〞として見られることに思いを馳(は)せます。
(「カトリック福岡教区報」第609号、2008年5月1日発行)

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