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【米クリスチャニティ・トゥデイ】ワクチン以上の希望 -聖句から見る終末と私たちの信仰についてー

小さなコロナウイルスによって引き起こされた悲惨な状況を調査した、トム・フリーデン(元・米国疾病管理予防センター長)は厳しい現実を認めた。「ワクチンが手に入るまで、この状況は変わらないでしょう。ワクチンが見つかるのは1年、いや2年先のことかもしれません。」その見方は楽観的なものともいえる。マイク・ライアン(WHO保健緊急プログラム責任者)は、信頼性のあるワクチンが近い将来に開発される可能性を「ムーンショットだ」と言った。(「ムーンショット」とは、大胆かつ困難なプロジェクトのたとえ)

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Surveying the calamitous landscape wrought by the tiny coronavirus, Tom Frieden, the former director of the US Centers for Disease Control and Prevention, conceded a grim reality: “This is here to stay, in all likelihood, until we have a vaccine, and a vaccine could be a year or two away.” And that’s the optimistic scenario. Mike Ryan, head of the World Health Organization’s Health Emergencies Programme, described the possibility of developing a reliable vaccine anytime soon as “a moon shot.”

散髪に行きたい私にとって、それは好ましい予測とは言えない。

この予測に顔をしかめているのは、私が通う理髪店も同じだ。ほかにも何百万もの人々が仕事が無くなって困っている。ワクチン開発や、有効な治療法の確立以外に、私たちの生活が以前のような状態に戻る方法があるとすれば、「免疫のある人々を作る」ということだろうか。しかしそれには人々の集団管理方法を変える必要がある。それにまつわるリスクは、既に実践されている通りだ。ウイルスは拡散し、広範囲に伝染が広がり、そして死者も増える。

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It does not bode well for my barber either, one of the millions of people now out of work. Aside from the moon shot, or viable treatment options, the only shot at returning to some semblance of normal requires corralling our way to herd immunity. The risk is well rehearsed: viral exposure, widespread contagion, infection, disease, and more death.

私たちが「免疫を持った人々」になるまでには、会社はことごとく倒産し、教会は閉鎖されるだろう。何百万もの職が消えてなくなり、貧困が広がり、負債が嵩(かさ)むに違いない。心はズタボロになり、憂鬱(ゆううつ)さ、壊れ、恐怖、そして悲しみが広がっている。「これが世界の終わりなのか?」と言う人々もいる。

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By the time we arrive, businesses will have been decimated and churches shuttered. Millions more jobs will have evaporated, poverty and indebtedness will have soared. Emotional devastation litters the route: depression, brokenness, terror, and grief. Some say it feels like the end of the world.

クリスチャンにとって、「世界の終わり」とは「すべての希望の終わり」だ。クリスチャンにとって、希望が成就すれば、その希望は終わりを迎える。イエスは栄光のうちに現れ、すべてのものを新しくする。(終末を描いた)黙示録には「希望」という言葉が使われないほどだ。

すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である」と言われた。(黙示録21章5節)

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For Christians, the end of the world is the end of all hope because, for Christians, hope ends with its fulfillment. Jesus returns in glory to make all things new (Rev. 21:5)—so much so that the word hope never even appears in Revelation.

聖書に書かれた希望は特に楽観的なものとは言えず、むしろ苦しみや忍耐、その人格が結実したものとされる。

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。(ローマ5章3–4節) 

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Biblical hope is not especially optimistic but rather is the fruit of suffering, perseverance, and character (Rom. 5:3–4).

作家マリリン・ロビンソンは「(聖書に書かれた)希望はいつだって、非常に傷つきやすいものです」と述べている。
G.K.チェスタトンは「(クリスチャンの)希望が強さになり始めるのは、すべてが絶望的であるときだけです。(中略)それは大変かけがえのないことであると同時に、とても不合理なことです。」と語る。

パウロは、希望が愛に根差していれば失望することはなく、愛が絶えることは決してない、と私たちに保証している。

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Author Marilynne Robinson describes biblical hope as “constantly and intensely vulnerable.” G.K. Chesterton added, “It is only when everything is hopeless that [Christian] hope begins to be a strength at all. . . . it is as unreasonable as it is indispensable.” Paul assures us that hope cannot disappoint because it’s anchored in love, and love never fails (Rom. 5:5; 1 Cor. 13:8).

希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。(ローマ5章5節)

愛は決して滅びない。 (Ⅰコリント13章8節)

それでも、耐えぬくためには忍耐が必要であり、好んで忍耐しようと思う人などだれも居ない。家に閉じこもってワクチンを待ちながら、私たちは「どれだけ我慢が続くだろうか」と疑問に思うのだ。黙示録6章では、信仰のために命を落とした殉教者たちが天国に集まり、どれほど待てばいいのか、と思いのたけを叫ぶ様子が描かれている。

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Still, perseverance requires patience, and patience is a virtue nobody has time for. Huddled in our houses, waiting for a vaccine, we wonder how long we can endure. In Revelation 6, martyrs who died for their faith huddle in heaven and wonder how long.

小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、わたしは祭壇の下に見た。 彼らは大声でこう叫んだ。「真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。」(黙示録6章9節-10節)

終わりを待つ私たちに、ペテロは「主のもとでは、一日は千年のようなものであり、遅く感じられることも神から見れば決して遅いわけではないのだ」と説く。

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As we wait for the end, Peter reminds us how, with the Lord, a day is like a thousand years and any slowness on God’s part is not really slow.

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。 ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。 (Ⅱペテロ3章8節-9節)

私たちが「いつまでたっても終わりがこない」と感じたとしても、実際には、神さまが私たちに忍耐をもって接しているのだ。

 

聖書の至る所で、(疫病などのあらゆる問題や)困難は、人間が自らの影響力や支配力を過信する幻想を打ち砕いている。すべての人は罪の下にあり、神の栄光に及ばず、すべて神の恵みによって無償で義とされる。 力をもっているのは神であり、支配するのも神だ。

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What feels like forever is actually God being patient with us—“not wanting anyone to perish, but everyone to come to repentance” (2 Pet. 3:8–9). Throughout the Bible, trouble and hardship—pandemics and problems—all shatter illusions of human power and control. All have sinned and fall short of God’s glory, and all are justified freely by God’s grace (Rom. 3:23–24). God has the power. God has the control.

人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。(ローマ3:23–24)

コロナウイルスはある面では均一的働きを持っていることが分かっている。感染は、正しいものもそうでないものも、分け隔てなく広がる。

しかし、不平等な面もある。高齢者、貧困層、疎外された人々、そして持病を持つ人々は、裕福な人々、強い人々、特権のある人々に比べると苦しみ、死を迎える比率が高い。これは、天の殉教者が嘆いたものと同じ理由だ。地上で不正に苦しんだ彼らは、神が裁きに乗り出して「わたしたちの血を復讐する」まで、どれだけ待てばいいのか、と訴えた。(黙示録6章10節)

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The coronavirus has proven an equalizer. It infects righteous and unrighteous alike. But there’s viral inequity, too. The aged, the poor, the marginalized, and the already sick suffer and die disproportionately compared to the wealthy, the strong, and the privileged. This was the reason for the heavenly martyrs’ plea. Having suffered injustice on earth, they demanded to know how long till God would ride out in judgment and “avenge [their] blood” (Rev. 6:10).

そのとき殉教者たちは皆、白いローブを与えられ、しばらく静かに待つように、と告げられている。自分たちの心や痛みに惑わされやすい私たちに、聖書は暴力的な行動に出たり、(自らが裁かれることがないように)他人を裁くな、と常に注意を呼び掛けている。「われらの助け、われらの盾」(詩篇33:20)である主を待ち望むことは、中身のない楽観主義や希望的観測に激しく抗う。真の気持ちで主が来られる日を待ち望むとき、私たちはそれが「すでに起こった」かのように生きることができる。そのとき、私たちは新しく創造されたものとなる。

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In response, the martyrs are all given white robes and told to hold their horses, so to speak. Because our hearts and hurts so easily deceive us, Scripture continually cautions against throwing stones or passing judgment, lest ye be judged. To wait in hope for the Lord, “our help and our shield” (Ps. 33:20), starkly counters empty optimism or wishful thinking. To wait in hope for the Lord aims at a future so sure we can live as if it’s already happened. We are new creations now (2 Cor. 5:17).

だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。(Ⅱコリント5章17節)

キリストにおいて、未来は現在に割り込んでくるものだ。そしてその未来は、忍耐をもって目的地に向かうよう私たちを引っ張り、前進させ、力を与えてくれる。美徳は新たな美徳を生み、忍耐は人格を生み出す。新しい創造の先駆者として、今を生きる私たちには将来与えられる栄光を先んじて現すことが許されている。それは、私たちが隣人や敵を愛するときに現れ、間違いを犯した人を許したときに現れ、貧しい人や病を得た人を世話するときに現れ、真実を語り平和を作り、正義を行うときに現れるものだ。

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In Christ, the future breaks into the present, pulling and empowering us forward to persevere with a purpose. Virtue begets virtue, and thus endurance produces character. As harbingers of new creation, we can provide foretastes of glory intentionally when we love our neighbors and enemies, when we forgive those who wrong us, when we care for the poor and the sick among us, when we speak truth and make peace and do right.

私は散髪を待ち、散髪屋は給料を待っている。掃除をする人、レストランの労働者、倉庫の管理をする人、配達員から医療従事者まで、働きを提供する多くの人が待っている。

私は仕事の無い理髪師のためにできることをすることにした。髪が肩にまで伸びている間、私は彼の給料基金に協力することにしたのだ。

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As I wait for my haircut, my barber waits for a paycheck. It’s the same for so many who serve—from housecleaners, restaurant workers, warehouse stockers, and delivery drivers to health care providers and doctors. I did what I could for my out-of-work barber: I contributed to a salary fund for him, even as my hair grows to my shoulders.

私が与えられているものを考えれば、それはわずかな献金だ。しかしそれは、確かに起こるイエスの再臨を待つ私たちが抱く、確かな希望の確かな徴(しるし)なのだ。

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It’s a small offering given all I’ve received. But it’s a sure sign of the sure hope we hold to as we wait on Jesus to return.

本記事は「クリスチャニティー・トゥデイ」(米国)より翻訳、転載しました。翻訳にあたって、多少の省略をしています。

出典URL https://www.christianitytoday.com/ct/2020/july-august/hope-beyond-vaccine.html

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