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NHK大河ドラマ「麒麟がくる」とキリスト教(2)明智光秀の娘、細川ガラシャの信仰

 

NHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」が19日から放送される。昨日、主人公の明智光秀(あけち・みつひで)について見たが、今日はその娘である細川ガラシャの歴史像をひもといていく。

カトリック玉造教会にある「最後の日のガラシャ夫人」(堂本印象作)

光秀と同じように、直接、本人に会っている者の証言を集めた貴重な一次資料であるフロイス『日本史』全12巻(中央公論社)がテキストだ(中公文庫の『完訳フロイス日本史』全12巻ではなく、単行本から引用を行う。文庫と単行本では構成が違うため、巻数と頁が一致しないのでご注意願いたい)。

ガラシャは光秀の三女として1563年に生まれ、1600年、関ヶ原の戦いを前にして37歳で壮絶な最期を迎えた。「麒麟がくる」では後半以降に登場するため、まだ配役は決まっていない。

フロイスは『日本史』の中で、たびたびガラシャのことに触れている。たとえば、同じ境遇の女性キリシタンのことを語っているとき、「(今こうして)彼女について語っていると、信長を殺した明智(光秀)の娘であるガラシアのことに(も)言及せざるを得ない」という具合だ。

彼女は今日まで(イエズス)会の司祭にも修道士(日本人修道士には会っている)にも会っていないにもかかわらず、(その上)夫君が苛酷な異教徒であるのに、彼女は立派なキリシタンとして踏み留まり、……勇気と忍耐をもって(苦難に)堪(た)えている。……とりわけ、このガラシアにおいて見られることは、まさしく驚嘆(に価する)。彼女は……我らの教えについては、彼女に洗礼を授けたかの婦人(教会との仲立ちをした侍女)が教えたこと以上には習っておらず、のちほど幾通かの書簡と、司祭たちが彼女に送ったわずかの書物によって(教えを知っているにすぎなかった)からである。(12巻、61~62頁)

ここに書かれているように、ガラシャは宣教師たちに会うことなく洗礼を受け、キリシタンとなった。では、それはどのような経緯だったのだろうか。ガラシャのそれまでの人生を振り返ってみよう。

15歳で細川忠興(ほそかわ・ただおき)に嫁いだガラシャは、その4年後、父の光秀が「本能寺の変」を起こし、「謀反人(むほんにん)の娘」として夫から2年間、幽閉されてしまう。その後も監視下に置かれていたのだが、そのような境遇の中、一条の光が差し込んでくる。

彼女は時々、夫の口から、彼の大の親友である(高山)右近殿(代表的なキリシタン大名)が彼に話して(聞かせた)デウスの教えに関することとか説教のことを耳にした。……彼女はそれらの話を夫から聞かされた時に、それをもっと深く知りたいとの異常な望みに駆られたが、たとえ(彼女が)我らの教会へ説教を聞きに行く許可を願ったとしても、または(誰か)一人の修道士が自分の家へ説教に来(るようにし)てもらいたいと頼んだところで、いずれもとうてい許してもらえるはずはないと思われたので、(彼女は)そ知らぬふりをしていた。

そこで彼女は、夫が関白(秀吉)に従って下(しも)の戦争(九州攻め)に旅立った後、またとない(好)機会と思われたので、自分に仕えており、もっとも信頼していた幾人かの貴婦人たち(侍女)にその希望を打ち明け、夫の命令で昼夜を問わず邸(やしき)を監視していた番人たちに気づかれることなく、(自分が)我らの(キリシタンの)教会に説教を聞きに行くことができる方法はないものかと相談した。(5巻、222~223頁)

このようにして、ガラシャは誰にも気づかれることなく屋敷を抜け出すことに成功した。そして、教会で日本人修道士から話を聞き、熱心に質問をしたという。「さらに(ガラシャは)霊魂の不滅性、その他の問題について禅宗の幾多の権威をふりかざして反論を試みた(ので)、修道士は彼女の(頭悩)の敏活さに驚いて、後ほど、自分は過去十八年の間、これほど明晰(めいせき)かつ果敢な判断ができる日本の女性と話したことはなかった、と漏らしたくらいであった」(225頁)

これまで自らが信じてきた禅宗と福音との違いを深く理解したガラシャは、もう二度とこの教会に来ることはできないと覚悟していたので、洗礼を授けてほしいと願い、教理本を借りて学びたいと申し出た。その後、キリシタンの侍女を通して教会とやりとりを続け、ついに司祭は侍女に洗礼の授け方を教えた。そうして屋敷内で、司祭によらない異例の洗礼が施され、「彼女にはガラシア(ラテン語で「恩寵」「神の恵み」)の(教)名が授けられた」(235頁)。1587年、ガラシャは24歳だった。

それから13年後の1600年、夫の忠興は東軍の徳川家康に従って上杉征伐に出陣する。その際、「もし自分がいない間にガラシャの名誉に危険が生じたら、まずガラシャを殺し、全員切腹するように」と家臣たちに命じておいた。ところが、その事態が本当になったのだ。忠興の留守中にガラシャを人質に取ろうとした西軍の石田三成(いしだ・みつなり)の兵に屋敷を取り囲まれると、ガラシャは少し祈った後、家老に介錯(かいしゃく)させ、その後、屋敷に火の手が上がった。ガラシャの辞世の句は「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」。

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