稲川圭三神父

コラム

神さまが共におられる神秘(19)

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受け入れることを妨げるつまずきは取り除いて

2015年9月27日 年間第26主日
(典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録)
私たちに逆らわない者は、私たちの味方なのである
マルコ9:38~43、45、47~48

説 教

「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼(いしうす)を首に懸(か)けられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい」と言われています(9:42)。それは、「つまずかせる者」に対しての言葉で、究極的にはサタンに向けられた言葉なのかもしれません。

しかしその後、「つまずくな」というメッセージが私たちに3回繰り返して言われています。「もし片方の手があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい」、「もし片方の足があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい」、「もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出しなさい」(43、45、47節)。

「つまずく」の反対の意味の言葉は「受け入れる」です。先週の福音の中に出てきました。

「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」(37節)

イエスの名のために子どもの一人を「受け入れる」ことが、「つまずく」の反対の意味内容です。「イエスの名」とは、「インマヌエル」「神は我々と共におられる」と考えていいと思います。

イエスさまの名のゆえに子どもの一人を「受け入れる」とは、目の前の子どもの中に神さまが共におられる真実を「受け入れる」こと。それが「つまずく」の反対であり、「命にあずかる」ことです。

何を差し置いても、そこにあずかったほうがよい、入ったほうがよいとイエスさまは教えておられるのです。今日も、私たち一人ひとりにイエスさまは「命にあずかるほうがよい」「神の国に入るほうがよい」と言っておられます。これが今日の福音のメッセージです。

さて、ここで少し「つまずき」という言葉の意味を考えてみましょう。「つまずく」とは、神さまが共におられることを「受け入れる」の反対です。受け入れなくさせる要因を「つまずき」といい、そうさせることを「つまずかせる」と言っています。

「つまずき」と訳されているギリシア語は「スカンダロン」です。そのもともとの意味は「罠(わな)」です。その罠にはまってしまうと身動きが取れなくなって、行くべきところに行けなくなってしまうものが「つまずき」なのです。

私たちにとって「行くべきところ」とは、神さまのところです。その神さまを「認める」ところに行かせないように、身動きを取れなくしてしまうものが「つまずき」なのです。

ですからイエスさまは、もし右の手がひっかかって、神が共におられる真実に入れないなら、「切り捨ててしまいなさい」と言っておられるのです。全身が滅びるより「命にあずかるほうがよい」からです。

実際に手や足や目が何かに引っかかって、私たちが神の国に入ることを妨げることがあるのかどうかは分かりません。また、そのために実際に手や足を切ったり目をえぐったりすることはないと思います。

今日の教えは、一人ひとりに「神さまがあなたと共におられる」と認め、祈ることを「邪魔するもの」が何かあるなら、切り捨ててでも、神さまが共にいてくださる真実に入るようにという教えだと言ってよいと思います。

今日、自分の周りに、「神さまが共におられる」と認められないような人や出来事があるでしょうか。自分を祈れなくさせ、神が共におられる真実の中に入れないように「つまずかせる」ものは何かを注意深く見ていく必要があります。

それは「許せない」という思いかもしれません。「相手が謝ってこない限り、絶対にそんなことできない」、あるいは、「この気持ちが収まらない限り、絶対にそんなこと言えない」という思いかもしれません。

でも、それを切り捨ててでも、神の国に入るほうがよい。つまり、その人の中に神さまがいてくださる真実を認め、そこに入るほうがよいとイエスさまは教えておられます。

今日、私たちは、神さまが一緒にいてくださる真実に入るよう招かれています。どんなものを切り捨ててでも、その真実に入るように。そして私たちは、神さまが共にいてくださる真実に入ったなら、自分の周りの人に神さまが共におられることを認めて生きる関係に入ります。そこに入ったほうがよいというのがイエスさまの教えです。

そこに入れまいと引っかかっているものがあるでしょうか。もしあったら、それを切り捨てでも入ったほうがいい。それが神さまの切なる呼びかけです。

「命にあずかったほうがよい」という呼びかけに答え、「そこに一緒に入らせていただこう」という決意を新たにして、その力をお持ちのイエスさまと一緒に神の国に入る。その幸いの中に入れるように、ご一緒にお祈りをしたいと思います。

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