コラム

神さまが共におられる神秘(21)稲川圭三

投稿日:2018年10月14日 更新日: -

人は神と共に生きようとしないが、神は今日も招く

2015年10月11日 年間第28主日
(典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録)
人間にできることではないが、神にはできる
マルコ10:17~30

ある人が走り寄って、尋ねました。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」(17節)

イエスさまは、「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」と言われました(18節)。人間の中の良さとか立派さとか、そういう比較や競争をはるかに超えた、ただおひとりの善いお方である神さまに、この人の目を向けさせたいと思われたのです。

そして、おそらく穏やかな声色(こわいろ)でこのように言われました。「持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」(21節)

しかし、この人はこの言葉を聞いて、「気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである」(22節)。おそらく、広大な土地やたくさんの家畜、奴隷、家を持っていた大地主であったのでしょう。

その人が神の国に入るためには、たくさんの財産が引っかかっていました。だからイエスさまは、「行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる」と言われたのです。

天とは、神さまのことです。「たくさんの財産」に置いていた心を、「貧しい人々の中にいてくださる神さま」に置くことになりますから、「天に富を積む」と言われるのです。

イエスさまはまた、こういう言葉も言っておられます。「あなたの富のあるところに、あなたの心もある」(マタイ6:21)。つまり、富のところにその人の心といのちがあったということではないでしょうか。

イエスさまはその人に、「私が神さまと生きるところに、あなたも入って生きてほしかった」とお思いになられたのだと思います。神さまと一緒に生きるところ、それが神の国です。

イエスさまは言われます。「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」(24~25節)

当時のユダヤ人が知っているいちばん大きい生き物は「らくだ」でした。そして、いちばん小さいものは「針の穴」です。それがいかに難しいことかを強調するために、極端な言い方をされたのです。

弟子たちは、「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言いました(26節)。するとイエスさまは、「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」と言われました(27節)。

「神の国に入る」というのは、神さまが私たち一人ひとりと一緒にいてくださる真実の中に私たちも入って、神さまと一緒に生きることです。神さまがそこに私たちを入れないのではなく、私たちが入らないのです。私たちの中に神さまが一緒にいて、「一緒の向きで生きるように」といつも願ってくださっているけれども、私たちが入らない。

私たちが、自分の中にいてくださる神さまの中に入って、その神さまと一緒に生きるならば、出会う人の中に一緒にいてくださる神さまをも「見て」、「認めて」、「祈って」生きるいのちになります。

そんなこと、人間にできるのでしょうか。人間にはできない。人間にできることじゃない。でも、「神にはできる。神は何でもできるからだ」。

私は思います。人間の中に神さまが共におられ、すべての人の中に神さまが共におられるという真実を受け取って生きることのできるいのちとは、神の子イエス・キリストです。この方が「人間にはできない」ことを「おできになる」お方なのです。

そのお方が、私たちと今日も同じ向きで生きていてくださるのですから、そのお方に結ばれ、「そのお方によって、そのお方とともに、そのお方のうちに」、互いの中におられる神を見いだして生きるとき、それを「神の国に入る」と言うのではないでしょうか。

私たちは毎回のミサの中で、「キリストによって、キリストとともに、キリストのうちに、聖霊の交わりの中で、全能の神、父であるあなた、すべての人とともにおられるあなたに、栄光と賛美が世々にあるように」とお祈りします。そういう招きのために、今日も私たちは呼ばれています。

この招きに対して、悲しみながら立ち去りますか。それとも、「あなたに従って、一緒に生きさせていただきます」という選びを選びますか。これは人任せにできません。「私」にしか選べないことだからです。

今日も私たちは「一緒に神の国に入って、出会う一人ひとりの中に神さまのいのちがあることを見て生きる交わりに入ってほしい」という招きを受けています。ですから、そこに入って、ただ生きさせていただくように切に願い、求めて、この感謝の祭儀をおささげしたいと思います。

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