コラム

【毎週日曜連載】神さまが共におられる神秘(97)稲川圭三

死からいのちを取り戻す方

2017年4月2日四旬節第五主日
(典礼歴A年に合わせ3年前の説教の再録)
ラザロ出てきなさい
ヨハネ11:1~45

兄弟ラザロが死に、マリアが泣いているのを見て、イエスは「憤りを覚え、心を騒がせて、言われた」とあります(11:33~34)。聖書の中でイエスさまがこのように感情をあらわにされ、涙を流されるという出来事は珍しいといえます。

「憤りを覚え」と訳されている言葉の直訳は「怒った」という意味になります。何に向かって怒ったのでしょうか。

人間のいのちは、死によっても決して出会うことのできないいのちになってしまってはならない。それなのに、「死」が人間をその出会いから切り離し、出会えなくしてしまっている。そういう働きに対して、イエスは深く怒られたのだと思います。

そして、「どこに葬ったのか」と言われました(34節)。

「葬った」と訳されている言葉ですが、もともとは「置く」という意味です。つまり、亡くなったその人のいのちを「どこに置いたのか」とおっしゃっているのです。

人間のいのちは、死によって決して出会えなくなってしまういのちではありません。生きて共にいた時よりももっと深く、もっといつも、そしてもっと一緒に生きるいのちになっているのです。

にもかかわらず、どこか出会えないようにそのいのちを置いている。どこか出会えないところに封じ込めてしまう。その「死」に対してイエスは怒り、「どこに葬ったのか」(どこに置いたのか)と言われました。

愛する亡くなられた方々のいのちを、私たちはどこに置いているでしょうか。どこかかけ離れたところ、「天国」と名前はつけているけれど、自分たちとは関わりのないところにそのいのちを置いているのであれば、イエスさまはそのいのちとの出会いを封じている石を「取りのけなさい」と言われ(39節)、そして本来あるべき出会いのところへ「出て来なさい」と言って(43節)、出会いの場所に取り戻してくださるのです。

これが今日のイエスさまの「ラザロを生き返らせる」という出来事です。

ラザロのいのちをどこか出会えないところに置いて、石の蓋(ふた)をしてしまっているところに向かってイエスさまは「石を取りのけなさい」と言われます。

そして、父である神さまに祈ります。でも、この祈りは「お願い」というより、「もうすでにそうなっている」という確信に満ちています。

「父よ、私の願いを聞き入れてくださって感謝します。私の願いをいつも聞いてくださることを、私は知っています」(41~42節)

それに続けて言われます。

「しかし、私がこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたが私をお遣わしになったことを、彼らが信じるようになるためです」(42節)

永遠なるお方が私の中に働いておられることを信じさせるためですと言い、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれて(43節)、そのいのちを、出会うことのできる「ここ」に引き出されました。これが、イエスさまが今日なさったことです。

私たちの愛する方々を、出会うことのできないどこかに置いて閉じ込めているのだとすれば、そのようにしてしまう死の束縛に対して、イエスさまは芯から怒っておられます。

一方、「死」の狡猾な束縛によって、愛する者との出会いが断ち切られてしまう人間の弱さに対して、イエスさまは涙を流されました。そして、「ラザロ、出て来なさい」と言って、そのいのちを彼らのもとに返し、出会うことのできる「ここ」へと引き出されました。

この出来事を目撃したユダヤ人たちの多くは、「イエスを信じた」(45節)。この方は神のもとから来られた、神のわざを行われる方なのだと信じたのです。

しかし、その後にイエスさまは最大の「しるし」をなさいます。それは、ご自分が十字架の上で死なれるというわざでした。

イエスさまは十字架の上で祈られました。人間すべてのいのちの中に、永遠のいのちの父である神が共におられることを見て、生きている人にも、そして、すでにこの世のいのちを終えた人の中にも、神のいのちがあることを見て、そのまま死なれ、そして復活されました。

それゆえイエス・キリストは、私たちの中にある「神が共におられる真実」に結ばれたまま死なれ、復活されたのです。だから私たちは、もうその復活のキリストと結ばれています。

「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる」(25節)

これは今日の私たちへの言葉です。

復活のキリストは私たちと一緒にいてくださいます。それゆえ、そのお方の眼差しと一緒に歩ませていただきたいと私たちが願う時、私たちも、自分の内に、人の中に、そして亡くなられたすべての人の中に永遠のいのちの神さまがおられることを見て歩むいのちになります。

今日もイエス・キリストが一緒にいてくださいます。だから、そのお方を信じて生きる者になりますように、ご一緒にお祈りをしたいと思います。

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