6月7日は、長崎・浦上のキリシタンが流罪にされた日

 

今日6月7日は、長崎・浦上のキリシタンが流罪にされた日。1868年、明治元年のことです。

前年、浦上村の信徒が仏式葬儀を拒否したことで信徒の存在が明るみに出ました。捕縛された信徒たちは激しい拷問を受けた後、この日、太政官達が示されて、流罪となりました。5年後の73年に釈放されましたが、その間、3394人のうち662人が命を落としています。生き残った信徒は79年、故郷に浦上天主堂を建てました。

原爆投下前の浦上天主堂(初代)

また今日は三位一体(さんみいったい)の主日でもあります。教会暦では、ペンテコステ(聖霊降臨の主日)で復活節が終わります。人や出来事ではなく、教理を記念する数少ない祝日の一つ。

フランスのブルターニュ地方ボビタルにある聖サムゾン大聖堂のステンドグラス。

日本でも、3者が心を一つにして事に当たることを「三位一体」といいますが、もともとはキリスト教の神学用語。唯一の神の中に父、子、聖霊の3つの位格があると告白するのが正統的なキリスト教信仰です。子なるキリストを神と認めないグループは、たとえばエホバの証人など、異端とされています。

礼拝の最後に牧師が祝祷で「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にありますように」(2コリント13:13)と会衆を祝福するのは、その三位一体の神を踏まえて。また、イエスが大宣教命令で「あなたがたは行って、すべての民を弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼(バプテスマ)を授け……」(マタイ28:19)と命じたことに従い、洗礼の時は「父と子と聖霊の名によって洗礼を授けます」と牧師や司祭は受洗者に宣言します。

聖書に「三位一体」という言葉はありませんが、クリスチャンがどういう神を信じているかを告白する時(使徒信条の唱和など)や、聖書に書かれている神とキリスト、聖霊の関係を理解するためには非常に重要な考え方なのです。

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