【毎月1日連載】牧会あれこれ(16)「『今』をどう捉えるか」

「今こそ、恵みの時、今こそ、救いの日です」(2コリント6:2)というパウロの言葉がある。

人が物事を決定して、なんらかの変化を得ようとするなら、自らの意志によって決断をしなければならない。意志とは、現在においてのみ働くものである。意志は決して過去に働くことはなく、未来に通用することもない。意志は常に現在のものである。その意味からすれば、決断の時は常に「今」をおいて他にない。

パウロは「今」という時を大切にした。しかもその「今」が、変化への決断を促す時であるためには、「今」の時が「恵み」であり「救い」であるとしなければならないと言う。ここに込められた意味は、「今」という時は、否定されるべき時、動かしがたい時ではなくて、肯定すべき時、動的な時であって、そのような「今」は、静止した状態での時ではなく、これから何かが始まろうとする動的な変革の時でなければならない。パウロはその時を信仰者の目から見て、「恵みと救いの時」としたのである。これは、常に恵みと救いの中に生かされている信仰者としての「今」を見る根本的な視点であろう。

筆者が専門とするカウンセリングでは、その学びの中で「今、ここでの気づき」をとても大切にする。人が問題を抱えるとき、事態は時間の流れの中で推移する。そして、その流れの中に変化を起こし、その変化から事態を良い方向へ導くのがカウンセリングの働きといえる。その変化は、決して過去にも未来にも起こり得ない。変化が起こるのは常に現在である。そのためにカウンセラーは、「今、どんな気持ちですか」、「今、何があなたの中に起こっているのですか」、「あなたは今どんなことを考えているのですか」と問いかける。これらの問いは、「今」の自分の中に変化を作るきっかけのようなものである。

たとえほんの少しでも、「今」の自分の中に変化のためのきっかけが生まれると、「ああ、そうか」という言葉が出てくる。どれほど小さな変化であっても、また大きな変化であろうと、言葉にすると「ああ、そうか」になる。ただ、言葉になることもあるだろうし、こころの中で「ああ、そうか」と思っているかもしれない。いずれにせよ、「ああ、そうか」は、いつでも「今」を見ていないと出てこない洞察を得た言葉なのである。

自分の人生に「ああ、そうか」と言える「今」をたくさんもっている人は幸いというべきであろう。「ああ、そうか」と言うたびに、新しい変化を生活の中に発見するからである。

パウロは、その変化が根源的にわが身に起こることを求めた。そのためには、「今」という時が「恵みの時、救いの日」であることに目を向け、「今」こそ根源的に己が変革する時であることを自分に言い聞かせているのである。

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