NHK大河ドラマ「麒麟がくる」とキリスト教(15)本能寺の変と細川ガラシャ 前編

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(毎週日曜午後8:00、総合ほか)のクライマックス「本能寺の変」はどのように描かれるのだろうか。主人公の明智光秀を演じる長谷川博己がコメントを出した。「この作品の中で新しい明智光秀を描いてきましたが、『本能寺の変』に関してもこれまでにない新しいものになるのではないでしょうか」

錦絵本能寺傾斜之図(名古屋市所蔵)

なぜ光秀は、主君である織田信長を裏切ったのか。それは日本史における大きな謎とされてきた。光秀が天下を望んだ野望説や、信長に対する怨恨説、あるいは誰かが陰で光秀を動かしていたという黒幕説や主犯別在説、そして信長の暴走を止めようとした光秀に正義があるという説など、さまざまだ。

ちなみに、同時代の宣教師の証言であるフロイス『日本史』5巻(中央公論社)では、野望説と怨恨説に立っている。光秀は狡猾(こうかつ)で、信長に取り入るのが上手く、「その過度の利欲と野心が募りに募り、ついにはそれが天下の主になることを彼に望ませるまでになったのかもしれない」と述べている。そして、そのきっかけとして、「彼(信長)の好みに合わぬ要件で、明智が言葉を返すと、信長は立ち上がり、怒りをこめ、一度か二度、明智を足蹴(あしげ)にした……このことから明智はなんらかの根拠を作ろうと欲したかも知れぬ」というのだ。

そんな中でもう一つ、宣教師の史料から新説を提示した『キリシタン教会と本能寺の変』(角川新書)が昨年出版された。「本能寺の変」後、宣教師は光秀の息子から謀叛(むほん)の理由を聞き、後に娘である細川ガラシャに「本能寺の変」の真実を告げた。ガラシャはそうした宣教師への信頼から洗礼を受けたという。そしてガラシャの最期も、父の思いを継いだ第2の「本能寺の変」だったというのだ。それについて検討してみたい。

著者は浅見雅一(あさみ・まさかず)氏。慶應義塾大学文学部教授で、専門はキリシタン史。1962年、東京都生まれで、慶應義塾大学文学部を卒業した後、同大学大学院文学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂所助手、同助教授、ハーバード大学客員研究員などを経て現職。著書に、『キリシタン時代の偶像崇拝』(東京大学出版会)、『フランシスコ=ザビエル』(山川出版社)、『概説 キリシタン史』(慶應義塾大学出版会)、共著に『韓国とキリスト教』(中公新書)、共編著に『キリスト教と寛容』(慶應義塾大学出版会)などがある。

ガラシャについて調べている人なら、『細川ガラシャ──キリシタン史料から見た生涯』(中公新書)の著者である青山学院大学経営学部准教授の安廷苑(アン・ジヨンウオン)氏の夫というほうが分かりやすいかもしれない。浅見氏が「本能寺の変」に関心を持ったのは、安氏からの次の質問がきっけだったという。

「本能寺の変を起こした父親を、ガラシャはどう思っていたのか」

浅見氏が新説の根拠としているのは、フロイスの書いた「1582年の日本年報の補遺」(以後、「信長の死について」)。「本能寺の変」は1582年6月21日早朝に起こったが、京の南蛮寺はその東250メートルほどの至近距離にあった。そこにいた宣教師の目撃情報などをフロイスがまとめたものだ。

まず、浅見氏が邦訳して巻末に載せている「信長の死について」から、「本能寺の変」を目撃した宣教師の報告を見てみよう。

夜明け前、これらの(光秀率いる)3万の人々は、修道院(本能寺)を完全に包囲していた。……我々のこの教会(南蛮寺)は信長の場所からわずか一区画しか離れていなかったので、すぐに数人のキリシタンがここに来た。(『キリシタン教会と本能寺の変』227~228ページ、パーレン内は執筆者の注)

京の南蛮寺(教会)は本能寺から「わずか一区画」(約254メートル)離れていただけなので、イエズス会の宣教師は「本能寺の変」の一部始終を見ることができた。後に想像を交えて書かれたものではない、まさに事実を伝える生々しい第一級の史料だ。

私〔カリオン〕は、早朝のミサを行なうために服を着替えていた……。(同)

このとき南蛮寺にいたのは、スペイン人宣教師のフランシスコ・カリオン。25歳で来日し、その後、司祭に叙階され、「本能寺の変」があった時には30歳だった。その後、九州の平戸に移ったが、この事件の8年後に生月(いきつき)島で当地の戦国大名だった松浦隆信(まつら・たかのぶ)によって毒殺されたとも言われている。

「早朝のミサ」とあるが、その日は木曜日だった。ミサは日曜日だけではなく、ウィークデイも数回、司祭によってささげられる。また、当日は夏至(げし)の頃で、日の出は午前4時半ぐらい。ちょうどその明け方に明智勢が本能寺を取り囲んだのだ。

すぐに何度か銃声が聞こえ、火が上がりはじめた。じきに、これは争いごとではなく、明智が信長を裏切って敵となり、彼を包囲したとの伝言が届いた。そして、明智の人々が信長の宮殿の門前に到着すると、すぐに侵入したとの別の伝言が届いた。このような謀反にもはや疑いはなく、彼に抵抗する者もいなかったので、彼らは、侵入すると信長を見つけた。彼は、手と顔を洗い終えてタオルで拭っていたが、兵士たちは、すぐに彼の背に矢を射た。信長は、これを引き抜き、鎌のようなもので長尺の武器である薙刀(なぎなた)を手にして出てくるとしばらく戦ったが、片腕に銃弾を受けると自室に退いて扉を閉めた。彼は切腹したと言う者もいれば、屋敷に放火して死んだと言う者もいる。しかし、我々が知っているのは、かつて声はおろかその名だけで人々を畏怖させた人物が、毛髪一本残すことなく灰燼(かいじん)に帰したことである。(同)(16に続く

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