NHK大河ドラマ「麒麟がくる」とキリスト教(23)ガラシャ没後の細川忠興 その3

細川忠興が宣教師を大切した4つのエピソードが「1601年9月30日付、長崎発信、フランシスコ・パシオのイエズス会総長宛、1601年度、日本年報」に詳しくつづられており(『16・7世紀イエズス会日本報告集』第I期第4巻、同朋舎、136~140ページ)、前回3つを紹介した。今回は最後の一つを見ていこう。

小倉城(写真:z tanuki)

1602年、忠興が中津城から小倉城へと移る際、その城下に立派な教会も建てさせたが、その費用も忠興が全額負担したという。たとえば、1604年の宣教師の報告では、その城下町の様子が次のように記されている。

この小倉の市(まち)は……建設されてまだ2年にしかならないにも拘(かか)わらず、すこぶる繁栄しており、人口6、7000ほどに達するであろう。……(イエズス)会はこの市に、すこぶる立派で便利な、しかも福音の説教にとってたいそう重要な修道院を有している。……ここには(イエズス)会の3人が居住している。彼らは、その国の領主で、司祭たちやキリシタンたちにすこぶる友好的な(細川)越中(忠興)殿の庇護(ひご)のもとに大変落ち着いて暮らしており、すでにキリシタンになった人々の保持や、新たにキリシタンに改宗させることに絶えず従事している。本年は、400人の人が受洗した。……教会のあらゆる祝祭、儀式をまことに見事に敬虔(けいけん)に営んでいる。そして、本年は特にあらゆる祝祭、とりわけ復活祭が、単に土地の者だけではなく周辺の土地と諸国から来たキリシタンたちが類(たぐい)のないほど多数集まって執り行なわれた。(「1603、04年の日本の諸事」、同、267ページ)

続いて、「1605年日本の諸事」にある小倉の様子は次のようだ。

豊前の国、その領主の(細川)越中(忠興)殿が居住し藩庁を構えている小倉の市には我ら(イエズス)会の司祭1名と修道士2名が居住し、すでにキリシタンになっている3000人を越える人たちの教化と、本年に600人近くにのぼった新たな改宗者たちにすこぶる大きな成果をあげている。そして、絶えず改宗者がいて、教理の聴衆も決して絶えることなく、そこにいる3人の説教者につねに仕事を与えている。この国の異教徒たちが我らの聖なる教えとその説教者たちに抱いている好感については我らの主を大いに褒(ほ)め奉(たてまつ)るべきである。このように、すべての要人たちは、まるでキリタンであるかのように、強い親密感と敬意をもって彼らを遇している。そして、復活祭の祝祭には、非常に盛大に、この国のみならず近隣諸国のキリシタンが異常なほど集まって行なわれたので、異教徒たちと藩庁の要人たちさえもそれを手伝い祝いに来て、誰もが司祭を訪れ、彼ら流の音楽と興行に1日を過ごした。(同5巻、98~99ページ)

それが「1606、07年日本の諸事」になると、小倉の町のキリスト教はますます盛んになっていることが分かる。

豊前の国の頭(とも言える)小倉の市(まち)には我らの(イエズス)会の司祭2名、修道士2名、および我らの主がその市と国に形成しつつあるキリシタン宗団の教化にとって必要なその他の僕(しも)べたちが居住している。そのキリシタン宗団は新たに我らの聖なる教えへと改宗していく人たちをもってますます伸張しつつある。彼らはこの2年間に2200名近くにのぼり、市だけではなく周囲の近隣の村々で受洗した。この国の領主(細川)越中(忠興)殿とその嗣子 (忠利)──まだ異教徒ではあるが──がここで与える多大の援助のお蔭(かげ)で、まるでカトリックの君侯の国ででもあかのように、ここではきわめて自由また安全に福音が説かれている。(同、231ページ)

忠興は洗礼こそ受けていなかったが、仕方なしにということではなく、キリスト教に心から敬意を払っていたことが、これらの記述でも明らかだ。この宣教師の報告にも、忠興が慈善や恩赦など、キリスト教の教えを実践し、宣教師からさまざまな話を積極的に聞いていたことが具体的に報告されている。

彼(忠興)はこれらすべてに、また異教徒であるにも拘(かか)わらず、司祭たちと彼らが説くデウスの教えを尊び、優遇している。彼はたびたび説教を聞き、疑問を呈し、我らの同僚らが与える回答につねに満足してきている。そして、このようにごく普通に、我らの聖なる教えの諸事について他の異教徒の領主たちと話し始めては、それを、またそれを説く者たちの生活と模範を大いに賞讃する。(同、269ページ)

そうした忠興のキリシタンへの態度について、忠興のもとで宣教の働きをしていたセスペデスは書簡でこのように書いている。

(忠興が)このようにすこぶる丁重に敬意をこめて我々を遇するのを見て誰しもが驚いた。……そのため、(細川)越中殿はすでにキリシタンであると、家来たちの間ですぐに囁(ささや)かれ始めた。(同、139ページ)

しかし、1611年にセスペデスが死に、江戸幕府によるキリシタン禁制も本格的になると、忠興は城下から宣教師らを追放し、キリシタンの家臣を処刑するなど、迫害者となったと言われている。

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