【クリスチャンな日々】第10回 水よりもジュースがおいしい MARO 

 

主の御名をあがめます。

自分の部屋で仕事をすることが多いので、よくお茶をいれるのですけれど、この原稿を書くにあたって、もったいないかと思いつつ、カップに入っていたお茶を捨てて、新しく良いコーヒーをいれました。そんなちょっぴり贅沢(ぜいたく)な気分な MARO が、今週もしばしお相手させていただきます。よろしくお願いします。

さて、今回はいつもよりちょっと重たい「不幸」についての話です。

人生にはいつだって不幸なことは起こるものです。誰だって不幸は嫌いで、できればいつも幸せでいたい。そして神様や、それぞれ信じるものに、そのように祈ります。しかし、それでも不幸は起こります。大切な人が死んでしまうこともありますし、病気に苦しまなくてはいけないこともあります。仕事がうまくいかないこともありますし、人から謂(いわ)れなき非難を浴びることだってあります。

そんなとき人は、「神様どうしてですか」と問います。不幸に直面したとき、人は本能的に「なぜ」と問います。「こんな不幸は嫌だ!」という拒絶の前に、「どうしてこんな不幸が?」という問いが先に来るんです。それは現代人に限ったことではありません。聖書の時代、イエス様が生きた時代からそうでした。

フィリップ・メドハースト「生まれつき目の見えない人の癒やし」

聖書にこんな話があります。あるところに、生まれながらに目の見えない人がいました。それを見たイエス様の弟子たちは尋ねました。「この人の目が見えないのは、この人が悪いからですか。それとも、この人の親が悪いからですか」。不幸には、過去に原因が必ずあるもので、それは「罪」であろうという、いわゆる「因果応報」の考え方を彼らはしていたんです。しかし、イエス様はこれに対して予想外の返答をしました。

「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです」(ヨハネの福音書9章3節、新改訳)

これはとても有名な聖句の一つです。短い文章ですが、いろいろな教えがぎゅっと込められています。一つは、苦しみが起こるのはその人が悪いことをしたからとか、その人の先祖が悪いことをしたからとか、いわゆる「罪の結果」ではないということ。苦しんでいる人に「それは君が悪いことをしたからだ」なんて言うのは、その人の苦しみをさらに増やすだけです。「そんなことを言ってはいけない」とイエス様はまず言っています。そしてもう一つは、神様がそこでより良いものをくださるために「不幸」があるのだということ。

いまいちピンと来ないかもしれません。では、不幸とは何でしょう。それは「幸せではない状態」ですから、「幸せを失うこと」と解釈することもできます。人は、「愛する人」「健康」「安心」「希望」「名誉」などなど、何かを失った時に不幸を感じます。

たとえば、水の入ったコップがあって、その水がなくなったとします。「どうして水がなくなったの? この人がコップを倒したから?」という問いにイエス様は、「そうじゃなくて、このコップにジュースを入れてあげるためだよ」と答えたんです。水が満ちたコップにはジュースは入れられません。もし入れても、薄〜〜いジュースになってしまいます。でもコップを空にすれば、濃いジュースをしっかり注ぐことができます。ジュースという「幸せ」を得るには、一度コップを空にする、すなわち水を失うという「不幸」を経なければいけません。

コップが空になったのは、「その人がコップを倒した」という「原因」のためではなく、「神様がそこにジュースを注ぐ」という「目的」のためだと、そういうことをイエス様は教えてくれているんです。

今、「コップが空っぽ」な人はいませんか。その理由を「原因」とか「過去」とか「自分」とかに探してしまってはいませんか。それは自分を苦しめてしまいます。そうではなくて、本当の理由は「目的」と「未来」と「神様」にあります。自分の「不幸」の責任を自分で負わなくてもいいんです。その重荷を、人間には重たすぎる重荷を「代わりに担いであげるよ」と言ってくださるのがイエス様ですから。

人はついつい「原因→結果」の因果律で物事を考えてしまいますが、時にはその因果律を外れてみると、心がラクになったりもします。コップが空であるなら、神様が注いでくれるジュースを「オレンジかな? ブドウかな? バナナかな?」と楽しみにしたっていいんです。

さまざまな「楽しみ」が中止になったり、「安心」が脅かされたりと、「空っぽのコップ」が増えてしまっている世の中ですが、そんなコップに神様が特上のジュースを注いでくださいますようにお祈りしています。

それではまたいずれ。主にありて。MARO でした。

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