中世教会の「科学否定」はこのあまりに偉大な科学者のせいだったのかも。

おはようございます。
今日もクリスチャンプレスをご覧いただきありがとうございます。

◆紀元前322年3月7日 アリストテレス没

アリストテレスは古代ギリシアの哲学者で、その師匠のプラトンと共に「史上最も影響力のある哲学者」と言って過言でもないほどの人です。彼の時代の「哲学」は「知を愛すること」であったので、彼の探究の範囲は狭義の哲学のみならず、物理学・化学・天文学・論理学・音楽・・・と非常に多岐にわたりました。彼が「あらゆる学問の祖である」と言っても、これまた過言ではありません。20世紀の哲学者ホワイトヘッドはこうまで言っています。「現代まで至るあらゆる哲学はすべてプラトンとアリストテレスの注釈にすぎない」。

中世の教会もアリストテレスとプラトンの影響を非常に強く受けており、たとえば教会が地動説を否定したのは「アリストテレスが天動説を説いているから」だったんです。当時は「科学といえばアリストテレスが正しい」のがあたりまえで、つまりアリストテレスの見解を否定することは「科学的ではない」ということでした。現代風にいえば地動説も「そんなオカルトめいたこと、信じられるか!」というようなことだったんです。つまり当時の教会は科学を否定していたのではなく、当時なりに彼らなりに科学的な態度でいようとしていたんです。よく言われる「中世は暗黒時代」というのは、アリストテレスがあまりに凄すぎて完璧と思われていた故に、それ以上科学が発展しにくかったという側面があります。

ただ、ではアリストテレスが「間違った学説を流しまくった犯人」なのかと言えば、決してそんなことはありません。アリストテレスの凄いところはその結論ではなく、その問いを始めたというところにあります。「学問とはこういうことだ」ということを定義し、それを実践した人です。アリストテレスがいなかったら、現代技術の半分くらい、もしかしたら全部が存在しなかったかもしれません。そのくらいに影響力のあったまさに「知の巨人」です。

アリストテレスは散歩しながら生徒に講義するのが好きでよくそうしていたので、彼の門徒は「逍遥学派(しょうようがくは)」と呼ばれました。つまり「おさんぽ学派」ということです。あの有名なアレキサンダー大王も、アリストテレスから学びましたから、おそらく一緒に散歩をしたことと思います。

もうすぐお散歩には最高の季節がやってきますね。楽しみです。

それではまた明日。

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