2020年11月27日「お前の王がおいでになる」

シオンの娘よ、恐れるな。見よ、お前の王がおいでになる、ろばの子に乗って。(ヨハネによる福音書12章15節)

長い間、他国の支配に苦しんでいたユダヤ人は、他国を打ち破ってイスラエル王国を復興するメシア(救い主)、政治的軍事的な王の到来を待望していた。ユダヤの群衆はエルサレムに入場する主イエスをメシアと呼び、歓呼して迎えた。どの国の国民も自国を強い国、豊かな国にする政治指導者の出現を期待する。強い国、豊かな国とは、政治的軍事的な力の上に成り立つことは歴史の現実である。

ところが、主イエスは軍馬ではなく、柔和なロバの子に乗り、歓呼する群衆に迎えられてエルサレムに入った。数日後、群衆は主イエスが期待したメシアでないと分かると、「十字架につけろ」と叫んだ。群衆はロバに乗って入城した主イエスがだれかを知らなかった。弟子たちすら知らなかった。弟子たちが、主イエスは預言者が今日の聖句で預言した方であることを初めて理解したのは、「イエスが栄光を受けられたとき」(16節)、すなわち、主イエスの十字架の死と復活の後であった。主イエスは私たちに豊かさを約束する神ではない。ましてや、政治や軍事の後ろ盾になる神ではない。主イエスは人を永遠の命に生かす神の言葉として、この世に来られたメシアである。十字架から注がれる命の血によって人の罪を贖(あがな)い、人を神と和解させるメシアである。

「シオンの娘(神に選ばれた民)よ。恐れるな」。喜べ、あなたの命の王が来られた。この王を心に迎える者は、罪を贖われて神と和解し、この世で神と共にある平和を得て、平和と命の尊さを学ぶであろう。

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