いろいろなハギレを排除しないパッチワークのように 全国教会教育フェア・フェスティバル

 

第4回「全国教会教育フェア・フェスティバル 2019in東京」(主催:日本キリスト協議会〔NCC〕教育部)が9月15、16日、日本福音ルーテル東京教会(東京都新宿区)や日本基督教団・早稲田教会(同)などを会場に開催された。「みんな集まれ!──キリストにつながれて多様であるわたしたち」のテーマのもと、教会学校関係者などが全国から集まった。

ミャンマー料理を共に楽しんだ昼食は、参加者の交流を深める場となった。

このフェスティバルは、地域や教派、さまざまなバリアを超えて学ぶことを目的としている。12年前に東京で第1回が開催され、その後、11年の松本、13年の仙台を経て、今回再び東京での開催となった。

開会礼拝では、関田寛雄(せきた・ひろお)氏(日本基督教団神奈川教区巡回教師)が「派遣における平安」と題してメッセージを語り、NCC教育部理事長の石田学(いしだ・まなぶ)氏(日本ナザレン教団・小山教会牧師)が開会のあいさつに立った。その後、ゴスペル、賛美、エキュメニカル教育、聖句カード、教会学校、LGBT、ゲーム、人権、潜伏キリシタンについてなど、多種多様な分科会が開かれた。

分科会「ミャンマーの文化に出会おう」で話をするマキン・サンサン・
アウン牧師

その中の一つで、2日目に開かれた分科会「ミャンマーの文化に出会おう」では、マキン・サンサン・アウン牧師(日本バプテスト同盟・杉並中通教会)が祖国ミャンマーについて話をした。仏教国として知られるミャンマーだが、北部にあるカチン州は95%がクリスチャンであることなどが紹介され、「神を信じているからこそ、民族紛争など過酷な状況の中にあっても希望が持てる」と力を込めた。この日の昼食ではミャンマー料理がふるまわれ、食を通してもミャンマーの文化に触れる機会となった。

古賀博氏

フェスティバルの最後に行われた派遣礼拝では、古賀博(こが・ひろし)氏(日本キリスト教団・早稲田教会牧師)がメッセージを語った。

異邦人と共に食事をしたことを責め立ててきたユダヤ人クリスチャンに対して、使徒ペトロは次のように弁明する(使徒11章)。神から幻を見せられ、「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」という天からの声があったのだと。それによって、ユダヤ人以外の世界の人々との真実の交わりが開かれたという聖書箇所から、現代に生きる私たちに次のように問いかけた。

「私たちは人間が作った枠組みや規則といったものにひどくこだわってしまいます。場合によっては、その枠組みや規則によって人を裁いてしまう。本来は自由なはずの神の御言葉に足かせをかけ、その意味を変えてしまう。そういう悲しい現実が私たちの身近にないでしょうか」

続いて、教会の人が作った1枚の大きなパッチワークを示した。

「さまざまなハギレが640枚つなぎ合わされて、美しい模様を作り出し、大きな1枚の布とされています。またそのハギレは、元の素材や形、色がそのまま生かされて、シミさえもその形全体を作る材料となっています。

教会は、シミもない白い布になる必要はありません。人間の苦悩や喜びなどがいろいろなハギレとなって、キリストという強い糸で結ばれ、自分にない色を他の人に出してもらい、予期せぬ素晴らしい模様が出来上がっていくのが教会だと思います。

私たちはとかく真っ白なもの、一点の曇りもない美しさを求め、ブレていないものを『神の秩序』として見て取ろうとします。そうしたものに惹(ひ)かれて、自分こそ『神の秩序』の担い手だと思い、その秩序から外れたものを咎(とが)めて排除しようとする心理が働くのです。

しかし神の御心は、そういう私たちの狭さや弱さというものを突き破って、さらなる広がりへと導いていくのです」

子どもも参加した分科会「子どもと楽しむゲーム」

そして、最後に次のように伝えた。

「繊維協会の人に聞くと、縦の糸は決して切れない糸を使うのだそうです。それはまさしく神の存在や愛を表しているのではないでしょうか。縦の糸を軸にして、弱い横糸の私たちが用いられて布が織り成されていく。しっかりした縦糸が私たちハギレを結び合せ、神様の目的のために用いられるのです。そういう縦の糸が私たちに与えられていることを感謝したいと思います」

閉会のあいさつには、NCC教育部の比企敦子(ひき・あつこ)総主事が登壇した。「ここから派遣され、それぞれの職場や学校で生きていく時の力が届いたのなら幸いです」。そう述べて、2日間にわたるフェスティバルを締めくくった。

 






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