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カトリック東京大司教区第8代大司教の岡田武夫名誉大司教が帰天、79歳

カトリック東京大司教区で第8代大司教を務めた岡田武夫(おかだ・たけお)名誉大司教が18日午後1時22分、頸部(けいぶ)食道がんに伴う出血性ショックのため、東京医科歯科大学付属病院で帰天した。79歳。

岡田武夫大司教のフェイスブックより

葬儀ミサは23日午前11時から東京カテドラル聖マリア大聖堂(カトリック関口教会、東京都文京区関口3丁目16の15)にて、親族、司祭団、各種団体の代表者のみで行われる。ミサへの一般の参列はないが、葬儀ミサ・告別式はユーチューブで映像配信される。追悼ミサは来年1月19日午前11時から同大聖堂で行われ、献花には同日午後1~4時、だれでも訪れることができる。

 

岡田大司教の後任である菊地功・東京大司教は自身のブログでその経緯をつづっている。

岡田大司教様は、今年の初め頃に喉(のど)に違和感を覚え、飲み込みに困難があったこともあり病院に行かれ検査したところ、食道にがんが見つかっていました。その後、基本的には住まいとする本郷教会司祭館に在宅のまま、化学療法や放射線治療を受けておられました。残念ながら、がんは進行しておりましたが、大司教様は精力的に文章を書かれ、ブログやFacebookで数日前まで発表されておりました。本日朝、体調不良を訴えられ、その後、自室で吐血されたため救急搬送され、そのまま搬送先の病院で帰天されました。

1941年、千葉県市原市生まれ。東京大学法学部卒業。大学在学中に日本基督教団(プロテスタント)の教会で洗礼を受けるが、63年クリスマスにカトリックに改宗(上智大学学生会館チャペル)。いったん就職するものの神学校に進み、73年に司祭叙階。船橋教会助任司祭、西千葉教会主任司祭代行を務めたのち、75~79年、ローマの教皇庁立グレゴリアーナ大学に留学。帰国後、柏教会主任司祭、日本カトリック宣教研究所所長を歴任した後、91年、教皇ヨハネ・パウロ2世によりカトリック浦和教区(現在のさいたま教区)の司教に任命され、同年、司教叙階。

2000年に白柳誠一大司教(のち枢機卿)の引退に伴って東京教区大司教として着座。13~18年、さいたま教区管理者も兼務した。17年、75歳定年のため東京大司教を引退し、今年6月まで本郷教会小教区管理者を務めた。その間、日本カトリック司教協議会会長、副会長、ローマ教皇庁諸宗教対話評議会委員、ロゴス点字図書館理事長、東京カリタスの家理事長なども歴任した。

著書に『イエスの福音への招き』(2019年、フリープレス)、『希望のしるし──旅路の支え、励まし、喜び』(15年、オリエンス宗教研究所)、『信じる力──大切なあなたに贈ることば』(13年、同)、『現代の荒れ野で──悩み迷うあなたとともに』(09年、同)、『キリストの心を生きる宣教』(01年、女子パウロ会)、『信仰の喜びを伝えるために』(1986年、同)、『死から命へ──体験のなかに福音の光を探し求めて』(85年、あかし書房)、『宴への旅──体験と祭儀』(84年、同)、『宴への招き──福音宣教と日本文化』(83年、同)などがある。

2017年の東京カテドラル聖マリア大聖堂〔カトリック関口教会)で行われた送別ミサで岡田大司教は次のように語った。

わたしたち自身の間にも、なかなかうまくいかない、いろいろなことがあると思います。どうか、聖なる助けによって、そのような現実の中で、互いに受け入れ合い、ゆるし合い、そして、不完全な人間、弱い人間、道から外れてしまう人間同士が、支え合い、助け合う、そのような教会が、成長し、広がって行きますよう、心から願い、祈ります。弱い人間が、そのようにできるためには、神の助け、聖霊の導きが必要です。……教会に行ったけれども、冷たかった。だれも、わたしのことを認めてくれない。もう、そのようなところには行きたくない。そのような言葉を、聞かないわけではない。わたしたちには、そのようなつもりはありませんが、外から見ると、わたしたちの教会は、そのように見えることがあるようです。わたしのような者でも、そちらに行けば、ほっとする。そのような交わりを、わたしたちの教会は、もっとしっかりとしたものに押し広げていきたい。

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