ドキュメンタリー映画「牧師といのちの崖」の加瀬澤充監督、煙草谷有希子プロデューサーに単独インタビュー

 

ドキュメンタリー映画「牧師といのちの崖」が来年1月19日から劇場公開される。自死する人が後を絶たない場所で牧師として働く藤藪庸一(ふじやぶ・よういち)さん(日本バプテスト教会連合・白浜バプテスト基督教会)に密着したドキュメンタリーだ。

南紀白浜の観光名所である和歌山県の三段壁(さんだんぺき)。藤藪さんは、人生に絶望してやって来る人たちに声をかけ、帰る場所のない人々に教会を開放し、共に生活しながら生きていく方法を探る。若者たちの生への低い肯定感、コミュニケーション不全、希薄な人間関係など、現代の日本社会が抱える問題を浮かび上がらせ、生きる意味を問いかける。

藤䉤さんの姿を1年以上かけて撮り続けた監督の加瀬澤充(かせざわ・あつし)さん、プロデューサーの煙草谷有希子(たばこたに・あきこ)さん夫妻に話を聞いた。

──加瀬澤監督、藤藪牧師の働きを映画にしようと思ったきっかけを教えてください。

そもそもこの映画は、僕が師事したドキュメンタリー作家の佐藤真さんが自死で亡くなったことから始まっています。すごくショックで、どうして自ら命を絶ってしまうのかということを知りたいと思っていました。その頃ちょうど、新聞記者から藤藪さんの話を聞き、アプローチして、そこからつきあいが始まりました。10年以上前のことです。

──藤藪牧師は、自殺未遂した人たちの生活再建を目指し、現実と向き合うことを求め、かなり厳しい口調で叱っていることに驚きました。また、時にはため息をついて奥さんになだめられたり、一般の人が抱く牧師のイメージとは違う面が映し出されていましたね。煙草谷さんはそのことについてどう思われますか。

私は小学校からキリスト教主義の青山学院に通っていて、大学に上がった時に洗礼を受けたのですが、この藤藪さんを試写で見た時、「私の知っている牧師とはちょっと違う」という気がしました。すごく人間味があって、「こういう先生もいらっしゃるんだな」と。「こういう活動だからこそ、親身になって怒ってあげられるのはすごくいいな」と思いました。

──監督はいかがですか。

僕はクリスチャンではないので、牧師さんのことはよく分からないのですが、撮影をしていて、厳しさは愛情の裏返しと感じていました。あそこには帰る場所がない人が来るので、そこでずっと寄り添い続け、将来を探っていくということは、普通の人ではできないことだと思います。これは僕の考えですけれど、そこには信仰というものがあるのかなと。

自死に追い込まれるほどの思いに付き添っていくことは、ものすごくしんどい作業です。僕も撮影に行って話を聞きながら、ものすごくしんどいなと。当たり前ですが、彼らはものすごく真剣なので、受け止める側もすごくしんどいことなんです。藤藪さんはそれをやり続けている。普通はできないことだと思います。

監督の加瀬澤充さん(右)とプロデューサーの煙草谷有希子さん=19日、映画美学校(東京都渋谷区)で

──途中から「森君」がクローズアップされていきますが、監督には何か特別な理由があったのでしょうか。

撮られるのを嫌がる人がいる中で、彼は快く応じてくれたんですね。最初のうちは、「なんで人は死んじゃうのかな」と言っていたのですが、それがだんだん、別に死のことばかり考えていたわけではなく、「どうやって生きられるか」ということを常に考えていることが分かってきました。それがキャッチボールをするように自然と通じ合えるようになったというか。僕の中に森君の要素があると思い、そういう意味で彼をすごく撮りたいという気持ちが強くなりました。最後の笑顔は、「こういうふうに生きていくんだろうな」ということを見せたかったのです。

──監督、意表を突くエンディングは初めから意図されていたものですか。

まったく意図していませんでした。結末をどう描くかはものすごく迷いました。まず、最後のシーンを入れるか入れないかというところで、プロデューサーやスタッフとも話して、「現実を受け止めよう」ということになり、藤藪さんに話を聞きに行きました。その後、いろいろ編集して、あのようなかたちになりました。でも、作品としては揺れているんですね。それは、我々の感情が映し出されているのでは。それがいいのか悪いのか分かりませんが。

──「(自死について)命をとられるのは神様であり、そのことを神様にゆだねて、信頼し、期待して、救いの希望を語りたいと思う」と藤藪牧師は語っています。自死を罪と考える人に一石を投じる言葉だと思いますが、監督はいかがですか。

僕は具体的な信仰を持っているわけではありませんが、クリスチャンが持っている救いの言葉は、クリスチャンでなくても、あると思っています。そういう言葉を僕らは探しているのです。だから、今回編集していて納得したんですね。「助けてください」と言われたとき、我々はどう応えられるか悩みます。信仰があっても、なくても、神様の言葉を受け取ることができたり、できなかったりする。その揺れの中にいるから、そういう救いの言葉を僕たちは探さないといけないのです。それは、信仰を持つということに近いのかもしれません。

──煙草谷さんはいかがですか。

厳しく言うと、自死はキリスト教にとって罪ということになります。しかし、藤藪さんが「それは神様にゆだねることだ」と言うのを聞いて、ホッとしました。

個人の苦しみは、すべてシェアすることはできません。それを個人がどう対処していくかというところで、最終的に自死を選んだのを、人間が「罪」と言うのは気がひけていたんですね。だから、藤藪さんが「ゆだねる」と言ってくれたので、私がこのように感じるのはおかしいことではないと思いました。

──最後に監督から読者にひとことメッセージをお願いします。

人はどうして生きていけるのか。映画を観た後にそういうことを話したり、考えたりできるといいなと、作りながらずっと思っていました。それは、自死がいいとか悪いとかいう話ではありません。亡くなった人も、いま生きている人と同じように存在していた。亡くなった人をいなかったことにしたくありません。その存在があって、今この時代に一緒に悩んでいる。そういうことを共有できるような映画として皆さんにご覧いただければありがたいです。

「牧師といのちの崖」(配給:ドキュメンタリージャパン)は、2019年1月19日からポレポレ東中野(東京都中野区)にてロードショー公開。詳細はホームページで。

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