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仙台白百合女子大学 キリシタン巡礼バス遠足 クリスチャン武将、後藤寿庵の足跡を訪ねて

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仙台白百合女子大学(宮城県仙台市)が3日、キリシタン巡礼バス遠足を実施した。38人が参加し、ガイド役として日本基督教団牧師の川上直哉(かわかみ・なおや)さんが同行。東北キリシタンやその周辺の歴史に詳しい川上さんは、昨年まで同大非常勤講師としてキリスト教学を教えていた。

東北の紅葉も見頃を迎えた中で訪れたのは、まず仙台から車で北に1時間半、世界遺産に登録されている岩手県の「平泉中尊寺」。東日本随一の平安仏教美術の宝庫と称される金色堂や宝物館を鑑賞した。次に、車で20分ほど行った、国の天然記念物に指定される名勝「厳美渓(げんびけい)」。エメラルド・グリーンの水流とダイナミックな景観を楽しみながら昼食を楽しんだ。最後に、岩手県奥州市にあるクリスチャン武将、後藤寿庵(ごとう・じゅあん、1577?~1638?)ゆかりの「キリシタンの里」を散策した。

後藤寿庵ゆかりの里(写真:仙台白百合女子大学提供)

寿庵は洗礼名で、洗礼者ヨハネの意。長崎でキリシタンとなり、1611年、仙台藩主・伊達政宗(だて・まさむね)の家臣となると、見分(みわけ)村(現岩手県奥州市水沢区福原)に1200石を給される。開墾するため「寿庵堰(ぜき)」と呼ばれる大規模な用水路を造ったが、現在もその跡が残っている。一方、熱心なキリシタン領主であった寿庵は、天主堂・マリア堂などを建て、家臣のほとんどが信徒となり、領地には全国から宣教師や信徒が訪れたという。

後藤寿庵によって天主堂が立てられた場所に建つ毘沙門堂(写真:仙台白百合女子大学提供)

東北にキリスト教が初めて入ったのは1590年、会津若松の領主になったキリシタン大名、蒲生氏郷(がもう・うじさと)によるといわれる。その後、宣教師ルイス・ソテロが伊達政宗と親交を結び、仙台に呼ばれて東北での布教の道が開かれる。13年には、家臣である支倉常長(はせくら・つねなが)率いる慶長遣欧使節が、キリスト教布教と引き換えにメキシコとの直接貿易を求めて出帆もしている。

江戸幕府のキリシタン禁制が厳しくなるにつれ、九州や京都のキリシタンが東北に逃れてくるが、殉教の嵐は東北にまで及ぶようになる。「東北の島原」とも称される岩手県一関市にある大籠(おおかご)では当時、「キリシタン改め」を行う台転場が設けられ、踏み絵などが行われていた。そして、1639年から数年間で300人以上の信者が処刑されたと伝えられている。そこは現在、大籠キリシタン殉教公園として整備されている。

3代将軍・徳川家光の時代、キリスト教を禁止とする動きが強まる中で、政宗もその取り締まりを命ぜられた。有能な寿庵を惜しんだ政宗は、「布教をしない」「宣教師を近づけない」ことを条件に信仰を許そうとしたが、寿庵はこの条件を拒否。その後、陸奥南部藩に逃亡したとも、出羽秋田藩に渡って死去したとも伝えられる。ちなみに、1951年、宮城県登米市で寿庵の墓が発見されている。

毘沙門堂の入り口で学生たちを前に説明する川上直哉さん(写真:仙台白百合女子大学提供)

主催した同大カトリック研究所所長の加藤美紀さんは、今回の巡礼遠足について次のように話す。

「昨年の巡礼遠足は、大籠キリシタン殉教公園・資料館や石巻のサン・ファン館(宮城県建長使節船ミュージアム)など見学しましたが、今回は東北の歴史についての学びを深め、国内の動静と国際貿易との兼ね合いで翻弄されていく東北キリシタンの歩みと、受け継がれた信仰に思いを馳(は)せることになりました」

仙台白百合女子大学は、東北地方で唯一のカトリック系4年制大学。1878年からシャルトル聖パウロ修道女会のフランス人修道女が函館で活動し、3年後に東京に学校を新設したのが白百合学園の始まり。93年に仙台女学校を開き、やがて幼稚園から高校まである仙台白百合学園に発展。1966年には仙台白百合短期大学(2003年廃止)を開設し、それが母体になって96年、仙台白百合女子大学が開学した。白百合女子大学(東京都調布市)とともに、白百合学園が経営する二つの大学のうちの一つ。カトリックの人間観を建学の精神の根底に置いている。

カトリック研究所は、キリスト教文化を総合的に研究することを目的として1994年に設立された。2016年に東北キリシタン研究会を発足させ、2、3カ月に1回、東北の潜伏キリシタンの歴史を掘り起こそうと努めている。巡礼遠足もその一環で、キリシタンゆかりの里を学生たちが学ぶフィールド・スタディツアーも兼ね、昨年に続き今回で2度目となる。

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2018年11月17日 患難との戦い(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)
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兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。

つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、

主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。

キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。

一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、

他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。

というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。

そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。

(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)

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