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9月26日は洞爺丸事故のあった日

投稿日:2019年9月26日 更新日: -

 

今日9月26日は洞爺(とうや)丸事故のあった日。1954年のこの日の午後10時45分頃、台風第15号により、函館から青森に向かう連絡船・洞爺丸が沈没しました。乗員1331人中、死者・行方不明者あわせて1155人という日本海難史上最大の惨事です(1912年のタイタニック号沈没の犠牲者は1517人)。この日は統計上、台風襲来の回数が多い日として、「台風襲来の日」でもあります。

洞爺丸

洞爺丸には3人の宣教師が乗っていました。そして、米国出身でYMCA同盟の日本派遣主事ディーン・リーパー(33)と、農村伝道神学校などを設立したカナダ合同教会(メソジスト)の宣教師アルフレッド・ストーン(52)が亡くなります。

生き残ったドナルド・オース(メソジストの宣教師)の証言によると、4児(一人はそのとき胎内にいた)の父親だったリーパーは、嵐の中で混乱する乗客を手品で和ませたり、船が沈む直前、ストーンと共に日本人の子どもに自分の救命胴衣を着せたりしたといいます。二人に救命胴衣をもらった子どもは生還し、遭難の翌日、母親がこのことを新聞社に伝えて、「北海に散った神の使徒」というタイトルで報道されました。

三浦綾子『氷点』(1965年)には、この事故のことが描かれています。

ふいに近くで女の泣き声がした。胃けいれんの女だった。
「ドーシマシタ?」
宣教師の声は落ちついていた。救命具のひもが切れたと女が泣いた。
「ソレハコマリマシタネ。ワタシノヲアゲマス」
宣教師は救命具をはずしながら、続けていった。
「アナタハ、ワタシヨリワカイ。ニッポンハワカイヒトガ、ツクリアゲルノデス」
啓造は思わず宣教師をみた。しかし啓造は救命具を宣教師にゆずる気にはなれなかった。

その後、主人公のひとりである医師・辻口啓造は助かりました。しかし、「あの宣教師がみつめて生きてきたものと、自分がみつめて生きてきたものとは、全くちがっているにちがいなかった」と考えます。自分を犠牲にしても人を助けようとした宣教師と、妻を赦(ゆる)せない自分。そして、町の本屋でふと聖書を買うのです。

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