インタビュー

【インタビュー】作家・下田ひとみさん 小説の作り手として、万物の造り手である神様のことを思いながら(前編)

 

昨年7~8月、本誌に連載された小説「月の都」に続き、12月1日からエッセイ「思い出の杉谷牧師」の連載が始まる(毎日午後5時配信)。執筆された下田ひとみさんに、作家としてのこれまでの歩みを振り返ってもらった。

下田さんは鳥取市出身。30代後半から本格的に小説を書き始め、『うりずんの風』(作品社)でデビュー。その後、『トロアスの港』『翼を持つ者』(同)など、教会を舞台に、信仰の葛藤や魂の救済を描いてきた。現在は単立・逗子キリスト教会会員で、鎌倉市在住。

──小説を書き始めたきっかけを教えてください。

夫の仕事の関係で沖縄に住んでいた1990年、生まれたばかりの女の子を心臓病で亡くしてしまいました。その後2年して神奈川県の藤沢に越してきたのですが、毎日がつらくて、礼拝に出ても、以前のように神様の前に出るということができなくなっていました。そんな中、ある牧師がメッセージの中で「皆さんは何のため生きていますか」と問いかけたのです。私は「神の栄光のため」と反射的に心でつぶやくと、その牧師は「どうぞ『神の栄光のためだ』なんて言わないでください」とおっしゃったんですね。

──まるで心の中を読まれたようですね。

本当にびっくりしました。続けて、「それは正しい答えです。でも『神の栄光を現す』とは、あなたにとって具体的には何ですか」と言われて、「何だろう」と考えていると、「それはあなたの好きなことです。あなたが眠るのも食べるのも忘れるほど好きなものがあれば、それを通して神の栄光を現すことになります」と語られたんです。で、「私の好きなことって何だろう」と思った時に、「ものを書くことだ」と閃(ひらめ)きました。

子どもを亡くしてから、「この先、心から笑うことや楽しいことはないだろう」って心から思っていて、こんな自分に神様の栄光を現せることなどできないし、望んでもいませんでした。なのに神様は私に、ものを書くことで神の栄光を現すことを示してくださったのかなと思うと、心の底から喜びが湧(わ)いてきて、すごくうれしくなって、それで立ち上がることができました。

──書くことはそれまでもお好きだったのでしょうか。

日記はつけていましたが、小説家になるなんて考えたことはありませんでした。ただ、子どもの頃から空想の世界が好きで、よくお話を作っていました。いとこたちがその話を聞くのをいつも楽しみにしていてくれました。

──どのように小説を書き始めたのでしょうか。

よみうりカルチャーの文章教室に通って、プロの小説家から指導を受けました。「プロの作家になるためには新人賞を獲(と)らなければならない」と教わり、片っ端から文学賞に応募しました。落選ばかりだったのですが、「神様がついているから大丈夫」と楽観的に考えていました。

そんな中、由木菖(ゆうき・しょう)というペンネームで『キャロリングの夜のことなど』(文芸社)というタイトルの本を2002年に自費出版しました。今回連載される「思い出の杉谷牧師」です。ただ、「職業作家になるなら、自費出版をデビュー作にしてはいけない」と強く言われたので、「トロアスの港」を書き上げ、また応募しました。教室に通ってから2年目でしたが、これはかなりの自信作だったので、落ちた時のために、この時だけは保険もかけていました。

保険というのは、当時、私は日本基督教団・鎌倉雪ノ下教会に通っていたのですが、教会員に鎌倉文学館の館長をされている文芸評論家の富岡幸一郎さんがいらしたので、「この人に読んでもらって評価してもらおう」というものでした。で、富岡さんに電話してお願いしたんです。同じ教会とはいえ、話したこともなかったのですが、快く読んでくださって、この作品について話してくださいました。

──「トロアスの港」は、過去に秘密を持つ伝道師が主人公の物語ですね。

その中で、子どもを亡くすお母さんの話があって、富岡さんは、「そこがとてもよく書けているから、そこだけを取り出し、そのお母さんを主人公にして書き直しなさい」と言われました。

実は当初、作品の中で子どもは助かることにして、私自身のつらい思いを胸に納めようとしていたのですが、書いているうちに話が安っぽい感じがして、赤ちゃんを失うという設定に変えました。自分が作り手なのだから、どうにでもなるはずなのに、「作品のためにダメなんだ」と涙を流しながら子どもを死なせました。

その時すごく恵まれたのは、小説の作り手として、万物の造り手である神様のことを思えたことです。何でもできる神様は、私の子どもを生かすこともできた。でも、どういう理由かは分かりませんが、私の子どもを死なせなければならなかった。それが神様のご計画だった。自分ではそうしたくなくても、小説の中で赤ちゃんを死なせてしまったように、神様もつらかっただろうなと、そんな思いに慰められました。

それだけの思いで書いた作品だったので賞を獲ると確信していたのですが、そのとき「トロアスの港」は落選したんです。

──それで富岡さんの言われるように書き直されたのですか。

「これだけ書くのもつらかったのに、その話をメインにして書くのは絶対に嫌です」と富岡さんに言ったら、「子どもを亡くしたお母さんはたくさんいる。信仰で立ち直ったお母さんもいるけど、書ける人はいない。でも、ここに書ける人がいる」と言われ、決心がつきました。舞台も沖縄にして、登場人物の名前も沖縄の名にするなど、沖縄色を入れ、そうしてできたのが「うりずんの風」です。書いている最中に、いつも応援してくれていた母が亡くなるということもあり、母が背後にいるような気持ちで書きました。

──一般の出版社から刊行したのはどうしてでしょうか。

最初、富岡さんからは、「キリスト教色が強いので、一般の出版社では相手にされないから、キリスト教の出版社を回りなさい」と言われたのですが、全部断られてしまいました。そこで富岡さんの紹介で作品社の高木有(たかぎ・たもつ)さんという編集者に読んでいただきました。高木さんはもともと雑誌「文藝」(河出書房新社)の編集長をされていた方で、日本で5本の指に入るといわれる名編集者です。そういう方に「この作品には普遍性がある」と評していただき、作品社で出版の運びとなりました。その後、作品社からは4冊、私の本を出していただきました。高木さんとの出会いは、作家としての大きなターニング・ポイントとなりました。

──『うりずんの風』は日本図書館協会選定図書にもなっていますね。

「キリスト教色が強い本なので、よく選ばれたな」と言われます。「証しの書」とも言われますが、私は文学作品として書きました。以前、ある牧師さんから、「下田さんの小説は、キリスト教会と一般社会にかける橋だ」と言われ、とてもうれしかったです。高木さんと出会い、キリスト教界から離れたところで、キリスト教をテーマにした本を書き、出版できたことが本当によかったと思っています。(後編に続く)

思い出の杉谷牧師(1)下田ひとみ

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