【毎日連載】思い出の杉谷牧師(16)下田ひとみ

 

16 忘れられない説教(2)

「イエス様は私たちを招いてくださいます。罪人の私たちを。私たちはよく失敗をする者です。同じ過ちを何度も犯す。そんな時、私たちは気落ちし、自分に嫌気がさし、逃げ出したくなってしまいます。でもイエス様はそんな私たちを招き、罪を赦(ゆる)してくださる。ここに救いがあるのです。イエス様の招きに従って罪赦された者だけが、真実に新しくなることができるのです。レビは生まれ変わりました。自分の罪を認め、悔い改め、イエス様を受け入れました。
その後、イエス様はレビを有益な仕事をする者と召してくださいます。その仕事とはなんでしょうか。
皆さん、レビのもうひとつの名前をご存じでしょうか。聖書には同じ人が別の名で呼ばれている記録がところどころにあります。12使徒のペテロの本名はシモンでしたし、ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネはボアネルゲと呼ばれていました。ユダ亡きあとの12番目の使徒を選ぶ時、ヨセフとマッテヤのふたりがくじを引いた箇所では、バルサバと呼ばれ、別名をユストというヨセフと書いてあります。ヨセフは3つの名前をもっていたのです。
レビのもうひとつの名。それはマタイといいます。
マタイの福音書の9章をお開きください。この9章に同じ記事が出ていて、『マタイという人が収税所にすわっているのを見て』と書いてあります。レビすなわちマタイ。このマタイが……」
このとき予期せぬことが起こった。先生が開いていた聖書を突然高々と頭上に持ち上げたのだ。
「このマタイが、聖書の中のマタイの福音書を書いたのです」
言葉が感極まったように、ここで少し途切れた。
「取税人をしていた時、おそらくレビは、誰かれがこれをいくらいくら納めたと帳簿に書いたでしょう。あの人はこれだけ、この人はこれだけと金額を書き記し、それに上乗せした額を相手から取り立てて、営利をむさぼったでしょう。あるいは、督促状のようなものも書いたかもしれない。貧しくて税金を納めることのできない人に、レビはその督促状を差し出して、非情にお金を催促したかもしれません。ごまかし、不正をし、罪にまみれた手が、その同じ手が、聖書を、この聖書を書いたのです」
先生は決して芝居がかった調子で講壇で説教をする人ではなかった。手を上げたり、声の調子を変えたり、大げさなジェスチャーをしたり、先生はそんなことはしなかったし、またそれは先生にふさわしい姿ではなかった。だから私は驚いていた。いやおそらく、集っていた全員が驚いていたと思われる。
頭上に上げられた聖書。黒い表紙の角は擦(す)り切れ、幾十年にもわたって開かれたため分厚く膨らみ、中の金箔がはげ落ちている聖書。それを持つ手はまだ下ろされることなく、天に向かって高く伸ばされている。
「神様はレビのような人間を、聖書を書く人間として召してくださいました。尊く用いてくださいました。私もそうです。私もレビのような罪人で、取るに足らない人間でした。でも神様を信じた時、神様は私を神様のご用に足る者として召してくださいました。皆さんもそうです。皆さんもどんな人間でも、自分の罪を悔い改め、神様を信じるならば、神様はその人を召し、尊く用いてくださるのです」
その時、外で何事か音がした。雨が降ってきたのだ。
それはまるで時を心得たとでもいうようだった。にわかに激しさを増した雨は、鳴り止まぬ拍手さながら、会堂の屋根を叩き、窓を打った。
祈りが終わった。

全員で起立して賛美歌を唱ったあと、先生の祝祷の声が会堂に行き渡った。
「願わくは、主があなた方を祝福し、あなた方を守られるように。願わくは、主が御顔をあなた方に照らし、あなた方を守られるように。願わくは、主が御顔をあなた方に向け、あなた方に平安を与えられるように。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなた方一同とともにあるように」(つづく)

 






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