「稲川圭三(いながわ・けいぞう)東京カトリック神学院モデラトール(養成者)」 一覧

1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員をする。97年、カトリック司祭に叙階。西千葉教会助任、青梅・あきる野教会主任兼任、八王子教会主任、麻布教会主任司祭を経て、現在、東京カトリック神学院モデラトール(養成者)。著書に『神さまからの贈りもの』『神様のみこころ』『365日全部が神さまの日』『イエスさまといつもいっしょ』『神父さまおしえて』(サンパウロ)『神さまが共にいてくださる神秘』『神さまのまなざしを生きる』『ただひとつの中心は神さま』(雑賀編集工房)。

神さまが共におられる神秘(52)稲川圭三
私たちが人の悪いところや自分の悪いところしか見えないで、苦しみのサイクルに入ってしまうことをイエスさまは知っておられます。だから、そんなところから抜け出して生きるように、「人をイエスさまの目で見る」ということです。
神さまが共におられる神秘(51)稲川圭三
永遠の命の神さまと一緒に生きる 2016年4月17日 復活節第4主日 (典礼歴C年に合わせ3年前の説教の再録) わたしは彼らに永遠の命を与える ヨハネ10:27~30 今日は復活節第4主日を迎えています。毎年、「良い羊飼い」のたとえ話が読ま
神さまが共におられる神秘(50)稲川圭三
大勢の人の中にあって、何の関わりもない時、かえって自分がすごく寂しく、空虚で、ひとりぼっちに思えてしまうことがあるかもしれません。そんな時、イエス様は、「私が共にいて、あなたの中に立ちたい。あなたのいのちの根幹を満たしたい」と望まれます。
神さまが共におられる神秘(49)稲川圭三
「あの人の中に神さまのいのちがある? とんでもない。あの人のほうがこっちに来て謝って、『自分が間違っていた』と言って頭を下げない限り、そんなこと絶対認めない」。でも、イエスさまは違っていました。弟子たちの真ん中に立って「平和」と言われました
【イースター・メッセージ】神さまが共におられる神秘(48)稲川圭三
マグダラのマリアはイエスがどこにいるのか分かりませんでした。その後、お墓の前で泣いていたマリアに向かってイエスが声をかけた時もイエスだとは分かりません。またお墓のほうに目を向けてしまいます。しかし、それがイエスだと分かる時が来ます。
神さまが共におられる神秘(47)稲川圭三
今日から聖週間が始まりました。イエスさまの十字架にあずかるとは、イエスさまがなさったことを見守ることとは違います。イエスさまと一緒に生きることです。自分を傷つける者の中にも、神のいのちがあるという真実を受け取って祈ることにほかなりません。
神さまが共におられる神秘(46)稲川圭三
この女の人は、「ああ、私はこの人の前からは逃げられない」と分かったんじゃないでしょうか。決してその前から逃げられない方の前に自分の身を置くこと、これが根源的な回心です。そして、イエスさまは言われました。「わたしもあなたを罪に定めない」
神さまが共におられる神秘(45)稲川圭三
私たちが「子よ」と呼ばれる理由は、人間の側にはありません。神さまの側にあります。自分の資格とか、どうでもいいものはその場に置いて、ポンと「神さまの側」に行かなくては。そのことに私たちが出会うために、イエスさまは今日のたとえを話されました。
神さまが共におられる神秘(44)稲川圭三
「自分はあの人たちほど悪くはない」とか、「自分はあの人たちと比べると全然ダメだ」と言うのは的外れです。私たちがするべき方向転換とは、神さまが私にもあなたにも共にいてくださると認めて生きること。これが「回心」という歩みです。
神さまが共におられる神秘(43)稲川圭三
私たちも今日、具体的な毎日の生活の中で、さまざまな問題、悩み、心配を抱えて生きています。「どのようにして」という理解や答えを求めたい心もあると思います。けれども、私たちの理解や納得を超えて、神さまが共にいてくださいます。

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