「稲川圭三(いながわ・けいぞう)カトリック麻布教会主任司祭」 一覧

1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員をする。97年、カトリック司祭に叙階。西千葉教会助任、青梅・あきる野教会主任兼任、八王子教会主任を経て、現在、麻布教会主任司祭。著書に『神さまからの贈りもの』『神様のみこころ』『365日全部が神さまの日』『イエスさまといつもいっしょ』『神父さまおしえて』(サンパウロ)『神さまが共にいてくださる神秘』『神さまのまなざしを生きる』『ただひとつの中心は神さま』(雑賀編集工房)。

神さまが共におられる神秘(43)稲川圭三
私たちも今日、具体的な毎日の生活の中で、さまざまな問題、悩み、心配を抱えて生きています。「どのようにして」という理解や答えを求めたい心もあると思います。けれども、私たちの理解や納得を超えて、神さまが共にいてくださいます。
神さまが共におられる神秘(42)稲川圭三
悪魔の誘惑に勝つ力をお持ちのイエスさまに信頼を置くなら、この世で苦難があっても、信頼して生きることができます。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)
神さまが共におられる神秘(41)稲川圭三
神父さまに「今まで一度も目をちゃんと見たことがありませんでした」と言ったことがあります。もちろん目を見たことはありましたが、いつも「自分」というこっち側にいて、神父さまの目の向こう側にただ信頼して眼差しを向けるということがなかったのです。
神さまが共におられる神秘(40)
「あなたがたの父が憐れみ深いように、私たちも憐れみ深い者となりなさい」と言われています。それは、「父である神が憐れみ深いので、すべての人と一緒にいてくださる」という真実を認めることです。それだけ。それが、人間が求められている「憐れみ」です。
神さまが共におられる神秘(39)稲川圭三
イエスさまは貧しい人に「幸いだ」と言われました。「私がいるところにあなたがたも一緒にいるから幸いだ」ということです。反対に「富んでいるあなたがたは、不幸である」と言われます。いま富んでいるところは、人から奪われる可能性があるところなのです。
神さまが共におられる神秘(38)稲川圭三
人間の判断に立てば「やったって意味がない」と思っても、神さまが共におられる真実に立って網を降ろしてみましょう。「神さまがあなたと共におられます」と、たとえ無駄とは思っても、祈ってみましょう。これが私たちに必要な「信仰」という立ち位置です。
神さまが共におられる神秘(37)稲川圭三
「なんでこんなことができないの」、「なんでこういう考え方するの」とか言って、私たちの思いで蓋をしてしまい、目の前の人の中に神さまが共にいてくださる真実に出会えなくなってしまう。それは正しいことではないと、今日の福音は教えているのです。
神さまが共におられる神秘(36)稲川圭三
イエスさまは十字架で死に、復活し、聖霊を注ぐことによって、神のいのちを見る眼差しを私たちに注いでくださいました。すると、「わたしたちの間で実現した事柄」が私たちの内に実現し、今度は私たちがイエスさまの眼差しで人を見る者となって派遣されます。
神さまが共におられる神秘(35)稲川圭三
「このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていた」とあります(9節)。「この人が何か言いつけたら、そのとおりにする」というところから、内側から喜ばせてくれる「ぶどう酒」、神さまのいのちが来ることを知りたいと思います。
神さまが共におられる神秘(34)稲川圭三
「この世のことがすべて」というまなざしで見たら「骨折り損のくたびれもうけ」でも、そして、この世がいくら「くたびれもうけ」に満ちていても、それにもかかわらず「神さまが一緒に生きてくださる」というのは、「ワッハッハ」と笑って歩むような道なんだ。

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