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第49回キリスト教功労者顕彰式 「小さなことの積み重ねが、神の国の大きな出来事につながる」

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第49回キリスト教功労者顕彰式(主催:日本キリスト教文化協会)が22日、教文館ウェンライトホール(東京都中央区)で行われ、約80人が参列した。今年は、建築家の稲冨昭(いなどみ・あきら)さん、名古屋大学医学部名誉教授の戸田安士(とだ・やすし)さん、キリスト教保育連盟名誉理事の長山篤子(ながやま・あつこ)さんが顕彰された。

これは、キリスト教関係の社会事業、教育事業、文化事業、おびキリスト教思想の普及に功労のあった75歳以上の人を顕彰するもので、これまで日野原重明さん(第20回)や三浦光世・綾子夫妻(第30回)など、182人が顕彰されている。

稲冨昭さん=22日、教文館ウェンライトホール(東京都中央区)で

稲冨さんは1927年、熊本県生まれ。父親は日本福音ルーテル教会牧師の稲冨肇。ヴァージニア工科大学建築学科卒業。マサチューセッツ工科大学建築学部大学院MA修了。ハーバード大学都市工学科大学院M・UD修了。53~57年、建築家のヴォーリズのもとで、また61~62年にはグロピウスの設計組織TACで働く。64年から今年まで稲冨建築設計事務所主宰・所長。同年から78年まで国際基督教大学顧問建築家として同大整備の働きを継続して行い、理学本館、体育館、教育研究棟などを手がけた。また、日本基督教団・鎌倉雪ノ下教会、同・信州教会、日本ルーテル教団・横浜泉ルーテル教会、ウェスレアン・ホーリネス淀橋教会など、多くの教会堂建築にも携わってきた。著書に『目と手としての建築──稲冨昭作品集』(2011年、彰国社)などがある。

戸田安士さん=22日、教文館ウェンライトホール(東京都中央区)で

戸田さんは1931年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部医学科卒業。医学博士。67年から名古屋大学医学部で講師、教授を務め、95年に同大名誉教授。96~2008年、金城学院大学学長、01~07年、同学院院長、04~08年、理事長を務め、08年、同学院名誉理事長。また、日本キリスト者医科連盟、日本キリスト教海外医療協力会、アジア保健研修所(AHI)など多数のキリスト教関係団体の会員として、地域医療や海外医療の発展に責任を負ってきた。

長山篤子さん=22日、教文館ウェンライトホール(東京都中央区)で

長山さん1938年生まれ。東洋英和女学院短期大学保育科卒業、同保育専攻科修了。82~99年、大妻女子大学人間科学研究所発達環境研究部門研究員、92~2003年、青山学院幼稚園主事のほか、青山学院女子短期大学や聖学院大学の客員教授を務め、10年より和泉短期大学特任教授として現在に至る。03年からキリスト教保育連盟理事長、11年より同連盟名誉理事。長年にわたり「思いやりが育つ保育」を研究し、「児童文庫」を地域で開催するとともに、子育て支援を実施している。著書に『絵本からの贈りもの』(日本キリスト教団出版局)、『思いやりが育つ保育の実戦』(萌文書林)などがある。

日本キリスト教文化協会代表理事である近藤勝彦さん=22日、教文館ウェンライトホール(東京都中央区)で

顕彰式は礼拝と祝会の2部構成で行われた。礼拝では、「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である」に続く箇所(ルカ16:10〜13)が読まれ、日本キリスト教文化協会代表理事である近藤勝彦さんが次のように述べた。

「顕彰を受けられた3人の方は、生涯に大きな仕事をされましたが、それは日々のごく小さなことを忠実に行ってきた積み重ねによるものではないでしょうか。なぜなら、建築においても、医療や教育においても、保育においても、その日その日のごく小さなことに対する忠実さがなければ、建物は崩れ、教育も成り立たず、医学的にも欠陥を持ち、保育も成立しないように思えるからです。憐れみと恵みと主の愛に捉えられて、私たち自身、ごく小さなことに忠実である者とされた時、主は私たちの行いを神の国の大きな出来事につなげ、大きなことにも忠実であると見なしてくださいます。小さなことにも忠実なキリスト者としての歩みを進めていくことで、大きなことに用いられ、やがて世界を動かす。そのことが神の憐れみと信頼の中で約束されているのです」

その後、記念品贈呈が行われ、顕彰を受けた3人が感謝の言葉を述べた。

この日がちょうど、牧師であった父の召天記念日にあたる稲冨さんは、「これでやっと親孝行ができました。受賞を非常に感謝しています」と話した。また戸田さんは、「自分の行いではなく、これまで関わってきた団体や先人たちの立派な歩みに出会い、一緒になってやってきたことが認められたもの」と語った。長山さんは、「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる……」(詩篇37:23〜25)という聖句を引用して、「主に感謝するともに、キリストの平和を祈りつつ、これからも幼子と共に笑みを絶やさず歩み続けていきたい」と述べた。

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2018年11月17日 患難との戦い(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)
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兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。

つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、

主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。

キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。

一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、

他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。

というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。

そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。

(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)

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