広野真嗣著『消された信仰──「最後のかくれキリシタン」長崎・生月島の人々』(小学館)

 

世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」から黙殺された島があった。「生月島(いきつきしま)」。現在でも、かくれキリシタンは存在しているのに、「ほぼ消滅している」と長崎県のパンフレットには書かれているのだ。

博多から西に約130キロ。九州本島の西端とは、平戸島の間に平戸大橋、生月島とは生月大橋により、陸路でつながれている。

1549年、フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、その翌年、ポルトガル船が寄港していた平戸を拠点にして早くから布教が行われた。領主の松浦(まつら)氏も経済的利益を重視して宣教師を歓迎。松浦氏の重臣、籠手田安経(こてだ・やすつね)らが洗礼を受けたが、その領地が生月島だった。そのため、約2500人の島民のうち800人ほどがキリシタンとなり、16世紀末にはほぼ全島民がキリシタンとなった。生月島は、全国に先駆けて聖堂が建てられた「布教の先進地」の一つなのだ。

ところが1599年、松浦氏の代替わりに伴い、「弾圧の先進地」に変わる。その後、江戸時代の禁教期、指導してくれる宣教師が不在のまま、多くの島民がかくれキリシタンとして、先祖から受け継いだ信仰を維持する道を選んだ。

今も島に残る信仰の姿は独特だ。意味ではなく音を頼りに口伝えで受け継がれてきた、素朴な韻律が美しい「オラショ」という祈り。西洋の宗教画とはまったく異質な「ちょんまげ姿の洗礼者ヨハネ」の聖画。

「かくれキリシタンが信じているものは、キリスト教とは何かが違う」という違和感と、「それでも見る者を惹(ひ)きつける何かがある」という感動のはざまで、風前の灯火のように少なくなった信徒に著者は実際に会い、その信仰生活の内実に入り込んでいく。

一方、取材を進める中で著者は、生月島の殉教聖地がないがしろにされていることを目の当たりにすることになる。その謎(なぞ)を探っていくうちに、見えない大きな力が働いていることに気づくのだ。たとえば、キリシタン研究の第一人者は「かくれキリシタン」を「土着化の過程で本来のキリスト教から大きく変容し、日本の伝統的諸信心と渾然(こんぜん)一体となった民俗宗教を形成している」と定義する。遠藤周作でさえ、「かくれ切支丹は過ぎ去った時代のある残骸にしかすぎぬ。……一般の人々には古い農具を見る以上の興味もない」(「日本の沼の中で」)と冷ややかだ。つまり、カトリック主流派からはかくれキリシタンの信仰は切り捨てられてきたのだ。しかし、著者はそこに疑問を感じる。

著者はクリスチャンホーム生まれで、父方の祖父はプロテスタント教会の牧師。「小学生の頃までは、私も毎週日曜日に教会学校に通い、声に出して賛美歌を歌い、聖書を読んだ。……中学三年の春、高校生の姉の判断につられて洗礼を受けた。……だが、大人に近づくにしたがって次第に、教会からは足が遠ざかった。大学を出て実家を離れると、食前の祈りも欠かすようになった。さして、深い理由はない」(18~21頁)。つまり、かくれキリシタンを否定されることは、今は教会に通っていない著者自らを否定されているように感じるのだろう。そして、そこにこそ日本伝道の深い闇があるように思える。

実は戦国時代に来た宣教師には2種類あった。日本文化を見下してヨーロッパ文化を正しいと高圧的に押しつける自己中心的・原理主義的・植民地主義的な宣教師と、日本文化を尊重して自らも日本人に受肉化しながらキリストの愛を伝えた宣教師。もちろんミイラ取りがミイラになってしまっては元も子もないが、確たる信仰を持っているのは実は後者ではないだろうか。結局、前者のおごりのために日本は国を閉ざしたばかりか、日本人はキリスト教に心を閉ざしたともいえる。

明治時代に禁教が解けても、生月のかくれキリシタンはカトリック教会に戻らなかった。かくれキリシタンがその時、カトリックに感じたものはいったい何だったのだろう。

「もしかしたらね、彼らの方が、教会が置き忘れてきたものを持っているかもしれない」という古巣馨(ふるす・かおる)神父の言葉は「ロマンチック」というより「センチメンタル」な響きさえあるが、かくれキリシタンを見つめる眼差しはキリストと同じように感じる。

第24回小学館ノンフィクション大賞受賞作。選考委員の高野秀行氏(ノンフィクション作家)は「世界遺産の意義とは? キリスト教とは何か? 奥深い問いを投げかける作品だ」、三浦しをん氏(作家)は「いまを生きる『かくれキリシタン』たちの生の声が胸を打つ。綿密な取材に感動した」、古市憲寿氏(社会学者)は「『ちょんまげ姿のヨハネ』をはじめ、謎めいた習俗を紐解(ひもと)く過程が抜群に面白い!」と評価している。

広野真嗣著『消された信仰──「最後のかくれキリシタン」長崎・生月島の人々』
小学館
2018年6月4日初版発行
四六判上製・256頁
1500円(税別)

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