【連載小説】月の都(1)下田ひとみ

 

プロローグ

 

もしもタイムマシンがあったら、ぼくはあの日に帰る。

あの街の、雑貨屋の角を曲がった、夕暮れの踏み切りに。

そこには、お母さんがいる。

空は薄墨色に翳(かげ)り、線路の脇にはワレモコウが揺れている。

警笛が鳴っている。

ぼくは自転車で全速力で競争する、近づいてきた下り電車と。

もしもタイムマシンがあったら。

間に合うんだ。

遮断機が下り始めている。

息を切らして、ぼくは自転車から飛び降りる。

そして、お母さんを抱きしめて、言うんだ。

「死なないで」って──

 

 

太陽の勢いが衰え、空の青さが徐々に失われていく。

夕方間近な午後、彼岸花の咲く小道を名倉謙作(なくらけんさく)は歩いていた。傍らには小川が流れ、のどかな田園風景が広がっている。

つくつくぼうしが鳴いていた。

「夏も終わりだな」

ぽつりと言う。

しばらくして、ふたたび「彼岸花は赤がいい」と声に出してつぶやく。故郷の畔道(あぜみち)に咲いていたのは白い彼岸花だった。眼前に並んでいるのは赤。凛々(りり)しくすっきりとした立ち姿の赤、赤、赤の彼岸花。

けれど、実は謙作は、彼岸花のことなど少しも考えていなかったのである。つくつくぼうしの鳴き声も、夏がじきに終わるということも、今の彼にはまったく興味のないことであった。

頭の中は別のことでいっぱい。そういう時、目にしたことや心に浮かんだことをとりとめなく口にする。これは謙作の癖なのである。

小道が終わり、大通りに出ると、周囲の景色が一変した。

せわしげに行き交う車。クラクションの音。コンビニの前にたむろしている若者たち。

「信号が長い」

交差点で謙作がつぶやく。電柱に「浅香台(あさかだい)2丁目」と記してある。

「排気ガスがひどい」

「ガードレールが歪んでいる」

実況中継のような謙作の独り言は続く。

「ジャガーが通り過ぎた」

謙作が住むグリーンハイムが見えてきた。

5階建ての木造のアパート。謙作はそこの3階の2DKで、妻の真沙子(まさこ)と二人の幼い子供と暮らしていた。長男の友樹(ともき)は4歳、次男の翔(かける)は3歳になったばかりである。夕方には帰ると言っておいたので、3人は今か今かと待っているはずであった。が、謙作はグリーンハイムを通り越して、4軒先の教会に向かった。

教会といっても、一般にイメージされるような尖んがり屋根の建物ではなく、古いテナントビルの4階の一角であった。ドアにかかっている十字架と「浅香台キリスト教会」という看板、「牧師・名倉謙作」の表札によってキリスト教会であることが辛うじてわかるぐらいである。

しかし、入ってみると、中は意外に広かった。礼拝堂として使われている部屋に、講壇に向かって折り畳みの椅子が50脚ほど並べられている。右隣には事務室。奥にキッチンとトイレ。

中に入ると、謙作は礼拝堂の椅子に疲れたように腰をおろした。今日は集会のない日であった。夕方だし、おそらく誰も来ないだろう。

今は誰にも会いたくない。

謙作はひとり静かに祈りたかったのである。

 

1カ月後のある日──

宝景寺(ほうけいじ)の庭は秋のやわらかな陽に包まれていた。たわわに枝を垂れた白萩(しろはぎ)。上向きに枝を伸ばした山萩。団扇(うちわ)のように大きな葉を持つアオギリ。実が熟して果皮が裂け、朱色の仮種皮(かしゅひ)が現れたツルウメモドキ。門前の椿(つばき)の木に、お手玉にちょうど手ごろな大きさの実がなっている。その隣では、黄色に熟したカリンの果実が芳香を放っていた。

本堂では日舞の宗家縞本(しまもと)流の「扇の会」が催されていた。年に一度のこのお披露目会は、いつもこの宝景寺で行われている。今年は家元の孫の初舞台ということもあり、本堂には例年より多い観客がいて、立ち見もできていた。境内の見物人や参拝者たちも入り口に人垣を作って中を覗き込んでいる。

本堂に入って右手が舞台。中に入ると、舞台に向かって座布団が100枚ほど敷き詰められているのが観客席で、後ろの20席ほどは椅子席となっていた。

桐原(きりはら)ふみは一番後ろの椅子に席をとっていた。観客の中には年若い人の姿も見受けられたが、6、70代か、それ以上と思われる年配者がほとんどだった。ふみは48だが、濃色の大島紬(つむぎ)が年嵩(かさ)に見せ、観客の中に溶け込ませていた。

舞台では、背後の障子が開け放されていて、青空に枝を伸ばした庭の木々がその背景となっていた。

左手の襖(ふすま)が開いて、8番目の舞い手が登場した。正座をして、扇を膝の前に置き、一礼。舞いが始まった。凛(りん)とした立ち姿であった。薄紫の着物に白地の帯。黄金色の扇を手にしている。

ふみはたちまちに舞台に魅了されていった。それは、端正な舞い手の容姿や、優雅な扇使いに惹かれた、というだけではなかった。その舞台が神々しさを感じさせたからである。

心の奥深くの静けさと安らぎ。それが舞い手の清らかさとあいまって、舞台を神聖なものにしていた。まるでそこは森であるかのようだった。空気が澄み、小鳥がさえずっている。木魂(こだま)が宿り、木漏れ日が射している。ゆったりと扇が動くたびに、清流の音さえも聞こえてくるようであった。

いつまでもいつまでも観ていたい。

自分の心の中までもが浄化されていくように感じ、ふみは深く憧れをこめた眼差しで舞い手を見つめ続けていた。

優雅に舞う薄紫の着物。まるで萩の精のようだ。

なんて綺麗な人なのかしら。

演目に目をやると、舞い手の名前は「藤崎陶子(ふじさきとうこ)」とあった。(つづく)

月の都(2)

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