【連載小説】月の都(11)下田ひとみ

 

場が一挙に不穏な空気に染まった。一同は思わず顔を見合わせた。紅一点の女性長老・待田(まちだ)が謙作に尋ねた。

「主治医の先生が注意しておられますよね。『最悪のこと』が起こる覚悟が必要だと。もしそれが起こった場合、名倉先生、どうなさるおつもりですか」

謙作は汗を拭きながら、立ち上がって答えた。

「そんなことが起こらないように、私は命がけで努めます。私の全信仰をかけて祈ります。それでももしそれが起こった場合は、私は牧師を辞める覚悟でいます。しかし……

顔が青くなっているのが自分でもわかった。心の震えに打ち克って、謙作は決然と言い切った。

「しかし私は、そんなことは起こらないと信じています」

途端に口々に声が上がった。

「甘いな、名倉先生は」

「先生のお言葉はご立派ですが、単純すぎます」

「現実として、自殺するクリスチャンはいるわけですし、それが聖職者だった場合は、どうにも都合が悪い、というのもまた現実でしょう」

「もしそうなったとき、その現実を我々はどう受けとめるんですか。教会のみんなをフォローできますか。未信者に何と言って説明するんですか」

「きびしすぎます。具体的な対処法もなく、感情で動くのは無責任です」

「先生がお辞めになれば片づくという問題ではありません」

噴き出した額の汗を謙作はハンカチで拭いながらとりなした。

「おっしゃることはわかります。でも、どうか我々の立場だけで判断しないでください。藤崎さんの身になって考えてあげてください。藤崎さんは神様にその身をささげられた方です。もし藤崎さんが教会で受け入れられなければ、教会の外ではなおさらに受け入れられないでしょう。教会以外に藤崎さんが生きる場所はないんです。

それなのに、どこも彼女を引き受けようとしない。献身して神学校で一生懸命に学んだのに、どこの教会でも拒否されるんです。どうか藤崎さんの心の嘆きを、深い悲しみを、感じ取ってあげてください。教会というところは、こういう人をこそ受け入れるところなのではありませんか。互いの弱さを受け入れ、愛し合うところなのではありませんか。

心臓を患っているというので、教会がその人を拒みますか。癌にかかった人を教会が見放しますか。藤崎さんはなりたくて病気になったんじゃありません。身体の病気も心の病気も同じです。心の病気だからという理由で藤崎さんを拒むことこそ、未信者に説明できないことなのではありませんか」(つづく)

月の都(12)

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