【連載小説】月の都(13)下田ひとみ

 

 

カレンダーのページが12月に変わった。

この季節になると、どの家庭でも、クリスマスツリーを飾ったり、プレゼントを交換したりするのが、今では世間の習わしのようになっている。それは桐原家でも例外ではなかった。

この屋敷には、玄関脇に10畳ほどの応接間があった。桐原家で唯一の洋室である。蘇芳色(すおういろ)の絨毯(じゅうたん)に応接セット。年代物のシャンデリアにマホガニーのチェスト。暖炉(だんろ)の横には、見上げるほどの高さのクリスマスツリー。そのツリーに飾られているオーナメントは、すべてふみの手によるものであった。

それは手編みの小さな靴下だったり、キルトのリースや星や鐘、端布(はぎれ)で作った天使やトナカイやサンタクロースだったりした。

ツリーに電飾が灯ると、お伽話(とぎばなし)の世界に入り込んだようで、志信の帰りが遅い夜などは、ふみは応接室でココアを飲みながらうっとりとツリーを眺めて過ごすのだった。

思いがけない訪問客があったのも、そんな夜であった。

呼び鈴の音に玄関の外に出てみると、門の脇に着物姿の女性が立っていた。

「こんな夜分に申し訳ありません」

ふみは言葉を失った。

目の前にいるのが藤崎陶子だったからである。

「川北さんからお宅を教わりました。踊りの稽古(けいこ)の帰りなんです」

そう告げると、陶子は頭を下げて言った。

「お電話してから伺うべきですのに、申し訳ありません。お渡ししたいものがあって。お留守ならポストに入れておくつもりでいました」

リボンをかけた小さな包みをふみは渡された。

「何かしら」

「婦人会で作ったクッキーです。教会のバザーで販売したもので、好評だったものですから」

「ありがとうございます」

「この前はせっかく集会にいらしてくださったのに、十分なおもてなしができなくて。ずっと気になっていたんです。あの時は私、すごく緊張してしまって。前の晩、よく眠れなくて。あの部屋は暑かったし、子供さんたちのことばかりが気になって。あの頃は、いろいろなことにまだ慣れていなかったんです。本当に申し訳ありませんでした。雨の中を遠くから来てくださったのに」

「そんなこと……

「それに、改めてお礼も申し上げたくて。ありがとうございました。ご出席いただいて、とても嬉しかったんです」

初めて見る陶子の笑顔。まるで高原の花が一度に薫(かお)ったかのようだった。

ふみは胸がいっぱいになった。

「よろしかったらお上がりになりませんか」

「でも……

「主人は今晩帰りが遅くて、私一人だけですの。お急ぎでなければ、ぜひ……

(つづく)

月の都(14)

 






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