【連載小説】月の都(15)下田ひとみ

 

 

滝江田数蒔(たきえだ・かずま)の自宅は、市の西側にある山を拓(ひら)いた住宅地の一画にあった。そこは、およそ30年前に一区画が60坪以上の分譲地として売りに出された高級住宅地で、坂道に沿ってゆったりと、贅を尽くした家々が立ち並んでいた。

その中でも、坂道を上りきったところにある滝江田邸は、南欧風の明るいたたずまいの外観が道行く人の眼を引いていた。

天然石とイタリア製のタイルをあしらった淡い黄色の外壁。窓枠はすべて木製で、中に入ると、玄関ホールにはメキシコ製の鮮やかな絵タイルがポイントに使われたテラコッタ・タイルが敷き詰められていた。コテ跡を残したベージュの漆喰(しっくい)壁。カーブを描いた木製扉。フローリングの床は天然むく材で、家の随所に自然素材が使用されている。

志信(しのぶ)が滝江田の通夜に訪れた西長坂カトリック教会は、この山のちょうど反対側にあたる。車では大回りとなるが、山の小道だと近道で、徒歩で15分ほどで行き着くことができた。

紘子(ひろこ)は26年前の夏に初めてこの教会を訪れて以来、ずっとこの小道を通って教会へ行っていた。日曜日のミサだけでなく、金曜日の婦人会、土曜日の会堂掃除など。

しかしここ数年は、この道を通ることがなくなっていた。

それは「肺癌(がん)を患っている夫の看病のため」というのがその理由で、尋ねられると紘子は誰にでもそう答えていた。

しかし、教会へ行かなくなった本当の理由は別にあった。

紘子には秘密があり、誰もそのことに気づかず、真実を知っているのは自分のみ。ずっと紘子はそう信じてきた。

しかし今では、もしや夫はこのことを知っていたのではないかと疑っていた。それは、数蒔がおそらく最期を迎える覚悟をしたと思われる後で、「洗礼を受ける」と言ったからである。(つづく)

月の都(16)

 






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