【連載小説】月の都(19)下田ひとみ

 

 

陶子がふみのもとに通っていたのは、オーナメントの作り方を教わるためであった。だが、それを終えた後も、陶子の桐原家への足は途絶えることはなかった。茶道と華道という共通点が二人にあったからである。

「女優をしていましたので、お茶もお華も必要に迫られて習い始めたんです。やっているうちに好きになって。お茶は平手前(ひらてまえ)が身につけば十分だって言われたんですけど、お濃茶(こいちゃ)も教わりましたし、お華も立華(りっか)まで。仕事が不規則で、お稽古も休みがちだったのに、先生が理解のある方で、だから続けられたんだと思います」

それを聞いて、ふみも自分の思い出話を語った。

「私の先生は、夫の母だった人なの。結婚前は八重子先生って呼んでてね。優しくて、私をとっても可愛がってくださったのよ。うちは大家族だったから、一人一人に眼が行き届かなくて。それがここでは大切にされるでしょう。嬉しくって。八重子先生の言うことなら、何でも『はい』『はい』って喜んで聞いたのよ。それで、お茶もお華もいつのまにか身についたの」

ふみと陶子は茶室で茶を点(た)て、ともに過ごす時を楽しんだ。また、八重子が愛した花器や茶碗を取り出して、ひとつひとつ手にとっては一緒に愛(め)でた。花鋏(はなばさみ)を手に庭を巡り、気に入った器に華を生けたりもした。そうした中で二人は自然に心を通わせていったのである。

ある時、思い出し笑いをしながら、陶子は女優時代のエピソードをふみに語った。

「ある舞台で、とんでもないことがあったんです」

一人の俳優が舞台の上で棺(ひつぎ)の中に横たわっていた。しかし、実は死んではおらず、最後の最後になって棺から起き上がり、人々を仰天させる、という役どころであった。

出番が遅かったので、この俳優はあたたかな棺の中でうつらうつらしていた。そのうちに、すっかり眠り込んでしまったのである。(つづく)

月の都(20)

 






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