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【連載小説】月の都(41)下田ひとみ

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秋分を終えたあと、寒露(かんろ)を迎え、やがて霜降(そうこう)となった。

陶子が逝ったのは桜の季節であった。あれから半年余り、桐原家の中庭には金木犀(きんもくせい)の薫(かお)る秋が訪れていた。

志信は縁側で庭を眺めながら、母親の看病で実家に帰ったふみのことを考えていた。

ふみの実家は以前は桐原家の近所にあったのだが、年老いてから両親はそこを売り、暮らしに便利な駅前のマンションに引っ越した。今では父母とも90に手が届く年齢となったので、時々様子を見にいく必要があり、姉や兄たちはみんな遠くに住んでいたので、ふみがその役割を引き受けていた。

父親は耳が少し遠いが、足腰も丈夫で、健康であった。が、母親は風邪をひきやすいし、お腹をこわしやすい。また、ちょっとしたことで熱を出しては寝込む。そうはいっても、この歳まで生き長らえてきただけあって、根は丈夫にできているらしい。手厚く看病すれば、時間はかかってもやがては回復するのであった。

今回は長引く下痢であった。いつものことと、本人はたいして気にしていなかったが、腸に厄介な菌が発見され、医者は青くなった。1週間の入院ののち、治癒(ちゆ)してマンションに帰ってきたのだが、まだ起き上がってトイレに行くのがやっとの状態である。

それでふみが、母親の入院以来、ずっと病院に泊まり込んで付き添い、退院してからはマンションに寝泊まりして世話をしていた。マンションと桐原家とは電車で二駅の距離だったので、家から通うこともできたのだが、ふみはそうしなかった。

「病気で気弱になっていて、私にいつもそばにいてもらいたがるんです。夜はトイレに何度も起きるし、父には任せられなくて……。ごめんなさいね、勝手を言って」

志信は快く了解したが、それが建前であることはわかっていた。

陶子のことがあって以来、ふみと志信の間はしっくりいかなくなっていた。

陶子の死を嘆き悲しむあまりに、ふみは志信に心を閉ざしてしまった。表面では何ごともなく過ごしているのだが、二人の関係が変わってしまったと互いに感じている。一緒にいると何となく気詰まりなのである。

だから、ふみが母親の世話にかかりきりになることで、しばらく顔を合わせなくて済み、志信は内心ホッとしていた。

茶の間に戻ろうとした時に、電話が鳴った。

受話器を取ると、女性の声がした。

「桐原さんのお宅でいらっしゃいますか」

「はい」

「わたくし、滝江田数蒔の家内の紘子でございます」

志信は一瞬、言葉に詰まった。

滝江田の妻が、今ごろ何の用なのだろう。

「ご無沙汰しております。桐原です」

「わたくしのほうこそ、ご無沙汰しております。夫の前夜式には、雨の中を遠方からお越しいただき、ありがとうございました。その後お変わりございませんか」

「変わりありません」

「三木さんもお元気ですか」

「はい」

「わたくしどももおかげさまで元気に過ごしております。このところ急に朝晩寒くなってまいりましたね。でも、山の紅葉が綺麗で……」

志信は怪訝(けげん)そうに相手の話を遮(さえぎ)った。

「どういうご用件でしょうか」

「実は……」

受話器の声が緊張したかと思うと、急に紘子は改まった口調になった。

「桐原さんとお会いして、お話ししたいことがあります。滝江田の前夜式の時、『洗礼を受けたのは滝江田本人の意思なのか』と、桐原さんはわたくしに尋ねられましたね。そのことについて、桐原さんにぜひとも聞いていただきたいことがあります。そして、滝江田が洗礼を受けたわけを、一緒に考えてほしいんです。桐原さんは、滝江田が一番信頼していた友人です。どうか滝江田のために、わたくしを助けると思って、よろしくお願いいたします」(つづく)

月の都(42)

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