【連載小説】月の都(44)下田ひとみ

 

紘子が語り始めてから長い時間が経っていた。

予想だにしなかった突然の告白に、志信は大きな衝撃を受けていた。

まるで鏡が音を立てて砕け、映っていた自分自身も砕けてしまったかのようだった。散乱した破片を、粉々になったガラスを、どう拾い集めたらいいのか、志信にはわからなかった。

一番最初に感じたのは、紘子に対する強い怒りだった。

紘子が入信したことを打ち明けた時の滝江田の顔がよみがえってきた。

「教会に行ってると、楽しいらしい。子供がいないから寂しいんだろう」

「いくら信教の自由が認められているからって、天下の無神論者たる滝江田数蒔の女房がクリスチャンじゃあ、世間様に申し訳が立たないんじゃないか」

「惚(ほ)れた弱みさ」

照れたように笑っていた滝江田──。

また、竹馬で遊ぶ勲を自慢する滝江田の姿も浮かんできた。

「この子は父親に似ないでよかったよ。性格の良さも、器量良しも、母親似。勲は俺(おれ)にはぜんぜん似てないんだよ」

それまでは親馬鹿と決め込んでいた言葉が、まったく別の意味を持って迫ってくる。あれは勲が4、5歳の頃だった。

ならば、滝江田はそんな以前から真実を知っていたのだろうか。

長年の親友だった。気心が知れていて、たいした隠し事などない。そう信じていた相手だった。その滝江田がこれはどの秘密を抱えていたとは──。

自分はいったい滝江田の何を知っていたのだろう。自分が知っていると思い込んでいた男は、虚像だったのか。

志信はくずおれそうになる心を必死で持ちこたえようとした。

いや、やはり滝江田は知らなかったのだ。

志信は自分に言い聞かせた。

そうだ。そうに違いない。そうであってほしい。だからこそ息子を、彼はあれほどに愛せたのだ。

でも、もしそうであるなら、騙(だま)されて別の男の子供を育てさせられた親友が、いかにも哀れであった。それに、洗礼を受けた理由がますますわからなくなってくる。(つづく)

 月の都(45)

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